2009年6月 6日 (土)

仕事モード 趣味モード

いくつか面白いアイテムを手がけている。
新たなデザインで、今までに用いたことのない構造。

大変だが、面白い♪

今までにやったことのないものを手がけるのは、物づくりの大きな醍醐味であるに違いなく、その楽しさを噛み締めながら作業をしているのだ。


好きな物づくりが存分にできていいですね・・
と、言われることがある。

また、多くの木工家志願者は、この物づくりどっぷりの生活に限りないロマンを感じるようだ。

でも・・
実際の製作現場はかなり淡々としている。

物づくりといっても、注文家具といっても、いつも新しいものを手がけているわけではない。
過去の作例と全く同じものを作ることも多々あるし(そちらの方が多いかも?)、また、デザイン違いでも基本構造や仕口などは標準化されており、毎度毎度同じルーチンを繰り返すことになる。

そう、木工といえども他の仕事と変らない。
日常の多くは同じことを繰り返しているのみだ。

もちろん、そのルーチン自体を改善し、より合理化やスピードアップを図るのは言うまでもないが、それらは全て地道で地味な作業だ。


が、時に全く新しいものを手がけることがある。
このときは 面白い。

木工家志願者が思い描くロマンがそこにある(大げさ?)

ともあれ、今がその時。
ちょっとこの数日は、仕事モードが趣味モードに変ってしまいそうだ。

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2009年5月20日 (水)

すごいぞ名古屋

さて、そのような少々よこしまな動機で偵察に行ったような名古屋なのだが、果たして糸口はあったのか?

何となく、ぼんやりと・・
薄明かり程度が見えたような・・

帰りの新幹線でウイスキーを飲みながらずっと考えていた。
この、名古屋木工家ウイークは、木工展示会としては空前の規模で行われたことは間違いない。

フォーラムを聞いたり、展示会場を回ったりしながら思った。
これらの企画、準備などに、どれほどの苦労があったことだろう?

また、150名という多数の出展者も前例がないものに違いない。
東海、大阪、信州などの出展者が多いのは理解できるが、遠く福岡や北海道からの出展があったのにはびっくりした。
ここ北部九州では、今までの最高でも20名程度が精一杯だったのに・・


とても不思議だ。

なぜこのような大規模な展示会を現実にすることができたのか?
そのパワー その源泉は一体どこから湧き出てくるのか?
求心力は? 人を突き動かす震源はどこにあるのか?

ジレンマ解決の糸口を見つけるつもりが、さらに大きな疑問を抱えることとなってしまった。

でも、これは嬉しい疑問だ。

この疑問の解答を求めていく過程において、旧態依然としている木工展示会の方法論をブレークスルーする処方箋が見つかるかもしれない。

問題は、お客さんとの接点、その機会を向上させることにあるだろう。
それには、広告宣伝、パブリシティーはもちろんのこと、他業界や団体、そして百貨店などのリテール・流通業界との連携も効果的かもしれない。

このような個人では難しいことも、100名を超える木工家が集えば一気呵成に一大ムーブメントを起こすことも決して夢物語ではないかもしれない。

そのような可能性、手ごたえを感じた名古屋だった。

以上のこと、外野の勝手な感想。
実行委員の方々をはじめ、当事者の方におかれましては単なるたわごととご一笑いただきますよう・・


最後に・・
お忙しい中、丁寧にご接待くださった方々・・・

 木工房オーツー 大江様
 工房斎      斎田様
 宮本家具工房  宮本様
 KWC        近藤様

改めて御礼申し上げます。
ありがとうございました。

そして、このイベントに関わった全ての方に深い敬意を表します。

木工の可能性はまだまだ広がっている。
すごいぞ・・・名古屋!!


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2009年5月19日 (火)

展示会のジレンマ

さて、フォーラムの次は作品展へ・・
時間の関係上全ての会場へ足を運ぶことはできないので、家具を主体とした二会場を回る。

盛況!!
いや、これほどの人出がある木工展示会は初めて経験する。
驚いた。

特に、ノリタケ会場は次から次へと人出が途切れることがない。

すごいぞ、名古屋。


作品はいずれも力作ぞろいで、ついつい立ち止まってしげしげと眺めてしまい、なかなか先に進まない。
これもいい、あれもいいぞ♪ おお、こりゃすごい・・
なんて具合で、子供のようにはしゃぐのであった。


さて、展示会についてはちょっと思うことがあったりする。
以下は名古屋のことではなく、自身を振り返って思うことである。

私は展示会に出展しなくなって久しい。
振り返ってみると、もう4年近くも展示会とは無縁でいる。

展示会は、家具の魅力を伝えるには最良の伝達手段で、写真や百万言を尽くすよりは一つのダイニングテーブルを見てもらうほうが圧倒的に説得力がある。

しかし、どれほどの説得力があっても、それを求めているお客さんが来てくれない事にはこれはどうしようもない。

家具の展示会をやっていて、たまたま前の道をテーブルを求めている人が通りかかって、会場に入って展示を見て、見事ご成約♪ なんてことは、全く無いとは言えないまでも、稀であることは間違いない。

もちろん、展示会の前には広告宣伝や各種メディアでのパブリシティーなどを行うことは言うまでもないのだが、それでも、展示会は会場でお客さんの来訪を待つという「受け身」の体勢にならざるを得ないことは如何ともしがたい。

これが大きなジレンマなのだ。

このジレンマを抱え、そして、それを解決する有効な対策を見出せないまま時が過ぎ、気がつくとすっかり展示会とは無縁の身となってしまっていた。


実は、白状するが・・
今回の名古屋行きは、このジレンマ解消のための糸口でもつかむことができるかな? という、下心を抱えながらのことでもあったのだった。


つづく

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2009年5月18日 (月)

個性か? 独りよがりか?3

個性か? 独りよがりか?

これは、木工歴を重ねたベテランの方々にとっても不動の問題のようである。
不変にして普遍。

そして、この問題の答えはおそらく  ない。

それが分かっていながら、それでもなおこの問題に取り付かれ、日々その解答を追い求めていかざるを得ないところに物づくりの妙があるともいえる。

このフォーラムで、それを再認識した。
ほっとしたような、改めて難しさを考えさせられたような・・少々複雑な気分で会場をあとにしたのだった。


さて、次は?
そう、もちろん作品展示を見に行ったのだ。


つづく

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2009年5月17日 (日)

個性か? 独りよがりか?2

個性といわれる。
また、オリジナリティーと呼ばれたりすることもある。
独創性といった少々格調高い単語もあり、マーケティング用語では差別化などと称されたりもする。

何を言っているのか?

もちろん、木工のことだ。

木工家が作品を作るとき、上のような言葉が呪詛するように頭の中を駆け巡る。
個性があることが是であり、オリジナリティーがなければ存在意義がないといい、独創性の発揮が道を切り開き、それによって差別化することで商売として成り立つ・・

そのように摺りこまれ、あるいは自らそれを信じ、あるいは念じ、それら漠然とした軟体のような目標を追い求め、飢えながら突き進む。

誇張ではなく、木工で独立開業した人ならば、過去のいずれかの時点において必ず同じような段階を経たのではないかと推察する。


いや、これは木工に限ったことではない。
他の工芸でも、クラフトでも、芸術でも、その程度の差はあってもおそらく同じような呪縛があるだろうことはおそらく間違いがないだろう。


そして、それを求め突き進んだ結果がどうなるのか?


独りよがり・・・

この言葉は、個性の対語として常に表裏一体で張り付いている。
個性を裏側から見ると独りよがりとなり、オリジナリティーは刹那に自己満足へと堕ちる可能性を宿命的に秘めている。


何を言っているのか?
自分でも良く分からなくなった。


個性か? 独りよがりか?
それは、私が木工を始めたときから常時付きまとっている大問題であり、この解答を見出すことが私にとっての大命題であり、究極の目標でもある。


そのことが図らずも今回のフォーラムで語られたことは、大きな収穫であった。
そうだ、そのことを言いたいのだ。


つづく

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2009年5月16日 (土)

個性か? 独りよがりか?

名古屋木工家ウィークに行った。
日帰り、往復6時間の新幹線は堪えたが、とても有意義な一日で満足♪
心地よい疲労感の中にいる。

で、思うまま今日のことを書いてみたいが、帰りの車中で飲んだウイスキーの水割りがまだ効いているので、脈絡のないことになるかもしれないこと、最初に自己弁護・・・o(_ _)oペコッ


まずはフォーラム。
中村好文氏の講演会。

後半のディスカッションで、パネラーの高橋三太郎氏から興味深い話があった。

建築家と木工家の違いについて・・・
以下、要約をしつつ、その中に私見を挟んでいく。

建築は独りではできない。
様々な部門との交渉をこなさなければならない。

それに対し、木工は一人の掌の上で完結させることができる。

さて、この違いが意味するものは何か?


独りよがり・・という言葉がある。
木工家の作品を揶揄する場合にしばしば用いられる言葉だ。
私が最も恐れていることでもあったりする。

独りよがりはどこから生まれてくるのか?

読んで字のごとく、独り・・から生まれてくるのは間違いない。
とすると、形や工程を決めていく過程において、人の目や批判に晒される機会が少ないほど、独りよがりというお化けが出現する可能性が高くなる。

ならば、多数の力を必要とし、様々な交渉を経なければならない建築の方が、独りよがりが起き難いことは自明ともいえる。

対して、木工家で、且つ私のように独りや数人規模の木工房の場合はそのような交渉はなく、批判に晒されることも自らそれを望んで機会を設けない限りは、その場面はない。

つまり、木工家は、その職業的形態において独りよがりが出現しやすくなるのはある意味必然的とも言え、少々大げさにいうならば、構造的な問題と考えることもできる。


なるほど・・
言われてしまえばもっともなことだが、高名な木工家氏の口から改めて聞いたことで私としては強い衝撃を受けた。

つまり、我々は好むと好まざるとにかかわらず、独りよがりに傾斜していく宿命を背負っているともいえる。
(ウイスキーのせいで、大げさだね~)

さて・・
独りよがり・・
そして、木工家という職業形態と、それに連鎖する木工家という人種の生理現象。
そんなことを引き続きツラツラと考えてみたい。


つづく

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2007年11月21日 (水)

手作りと商売と3

大量生産主流の中で、手間暇かけた手作り品をどのように商材として回転させていけばよいのか?

ここのところが、とても難しい。

単に手間暇かけるならば、趣味の木工の方がよほどその理想に近い。
手間暇をかけ、なおかつ、それが商品として買っていただけるものでなければならない。

しかし、製作時間をかけるほど価格が上昇するのは必然で、だんだん買いづらいものになってしまう。

高級品を作ろうというのではない。
あくまで実用の家具作りが目標なのだ。

でも、手作り品としてのクラフトマンシップのような理想は必ず盛り込みたい。

ジレンマ・・・


この番組で、このジレンマに対する矢入社長の答えを耳を澄まして聴いていたのだが・・・

「それが、一番難しい問題ですね」 とのこと。


やはり・・
そうなのだ。

このジレンマに明快な解答などおそらく無いのだ。


でも、テレビで映されていたヤイリ工場のスローガン・・
「技術より他に、我ら生きる道なし」

これが、何事かを示している ように思えた。


手作りと商売と・・
永遠のテーマなのだ。

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2007年11月20日 (火)

手作りと商売と2

大量生産、効率化、コストダウン ・・などなど
以前、会社にいた頃はこれらをスローガンとして、これらを推し進めることを是とし、そういう物づくりをしてきた。

是非論、善悪論ではない。
これら二者択一、善玉悪玉的な二元論は、しばしば物事の本質を見誤らせる元凶となる。

まあ、そんなことはこの記事とは直接関係ない事。
企業においてはそのような物づくりがされているということのみ、述べる。


ただ、自分が木工を始めた動機を振り返って考えてみると、このような大量生産の対極にあるもの・・・
各駅停車のように一つ一つの工程にに十分な時間をかけた物づくりをしたい・・と思ったのも事実だ。

まあ、私に限らず、木工家を目指した人、目指そうとしている人は、大なり小なりこのような思いを持っているのではないだろうか、などと推察する。


が、そのようなロマンチシズム(あえて言う)のみで、大量生産、効率化、資本力と言った事々に対抗できうるはずも無い。


そんなことは分かりきっている。
貧弱な文明論を持ち出して、世間の無理解に対するボヤキを垂れる人を何人も見てきたが、あまり生産的とは思えない。


また、話が横にそれてしまった・・・

つづく

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2007年11月19日 (月)

手作りと商売と

昨日のこと、NHKにヤイリギターの矢入社長が出ていた。

ヤイリギター・・
ギターをする人ならご存知の通り、ハンドメイドギターの雄。
一度は弾いてみたいと思わせる、そんなメーカーだ。

大量生産が主流なのは楽器の分野でも同じ。
その中にあって、クラフトマンシップを持ち続け、職人の手によって作り出される逸品。

分野は少し違うが、その精神には共感するところが多々ある。


番組の中で、司会者からの質問・・

大量生産の時代にあって、手づくり品にこだわること、そして商売として成立させること・・
この両者の両立をどのようにされていますか?


社長の答え・・

とても難しく、いつも頭を悩ませる問題です。


と言ったようなやり取りだった。


やはりそうなのだ。
これは、我々も含めて、手作りやクラフト、工芸と言った分野には常に付きまとうジレンマなのだ。


つづく

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2007年9月 4日 (火)

木工家って 何? 3

ある意見として、○○家というと何やら大そうなものに聞こえる。・・とあった。

ううむ、言われてみればそうかもしれない。

家のつくもの・・

陶芸家
書家
芸術家 などなど

いずれも、髭を生やして作務衣を着て、なにやら難しい顔をして難しそうなことを言ったりするような印象がある。


また、作家と言う言葉・・
実用品の家具を作るのに、作家などともったいぶらなくても良いだろう・・ とのこと。

ううむ、なるほど。


木工屋
親しみやすそうな印象があるね。


家具屋
これが一番分かりやすい言葉なのだが、でも、これはやはり家具販売の印象が強い。


家具製造・販売
実は、確定申告書にはこのように書いているのだが、なんか事務的で冷たい印象がある。

クリエーター
?? 何をしている人なのか? 良く分からんね。

とまあ、つらつらと書いてみたのだが、呼称によってずいぶん印象が変わるので面白い。


で、このブログタイトルでもある木工家と言う言葉・・
果たして一般の方はどのような印象を持たれているのだろう?

手づくり家具工房と言う仕事。
特異な商売だけに、呼称一つとってもなかなか難しかったりするのだ。


・・・うん?
じゃあ、手づくり家具ってどんな家具なの?


・・・
・・・

・・・

これまた難しそうなので、またの機会に!

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2007年9月 3日 (月)

木工家って 何? 2

そうなのだ、この仕事をひと言で説明するうまい単語は、実はない。

皆どうしているのかな? 
なんて思い、友人に聞いたり、ネットで検索してみたり・・

すると・・
やっぱり、皆悩んだりしているのね・・

いろいろな意見や考え方があって興味深かった。

呼称についても・・

木工家以外に・・
木工作家
木工職人
木工屋
家具屋
家具職人
家具デザイナー
家具作家
家具クリエーター
家具プロデューサー


などなど。

どの呼称を使うか? と言う問題は、その人の仕事に対する姿勢や考え方を端的に示しているようで興味深い。

私の場合は・・
いや~ これが全く・・
なんのポリシーもなく、なんとなく木工家と名乗っているだけ。

しかし、いろいろな思いをこめて、いろいろな呼称があり、それらを目の当たりにするともうちょっと真剣に考えてみなければならないのかな? などと、ちょっと強迫観念に駆られたりする。

つづく


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2007年9月 2日 (日)

木工家って 何?

呼称についてつらつらと・・

以前、木工の友人たちと話していたときの話題で、この仕事をなんと呼べばよいのか? との話で盛り上がったことがある。

私の場合、便宜上「木工家」と名乗っているのだが、
果たして・・・ この言葉、一般的なのだろうか?

そもそも、木工家なる言葉は、一体いつ頃から用いられるようになったのだろう?

私の記憶をたどると、ずっと以前に刊行されていた「手づくり木工事典」という、木工の草分け的な雑誌があった。
この雑誌に、木工家なる言葉が頻繁に登場していたことから、木工を生業とする人は木工家というのだな~ なんて単純に考えていたものなのだ。

このあたりの正確なルーツについて・・
どなたかご存知の方いらっしゃいますか?

比較として・・・
陶芸家はわりと一般的だが、木工家はそれに比べると認知度はかなり低い。

なので、他人から「職業はなんですか?」と聞かれると、
「木工家です」 とは言わず、 「自営業です」と答えたりする。

すると、それじゃ満足できないようで・・
「どのような業種ですか?」 との質問が次に来る。

なので、「家具屋です」と答えると、
「ああ、なるほど」と理解されるようなのだが、絶対に勘違いしているな、と思うので、

「いや、あの、家具を作っているのです」と言うと、
「ああ、なるほど、じゃあどこかに卸されているのですね」なんて、さらに勘違いされるので、

「いや、作って売っているのです」と言うと、
・・・ さらに勘違いの連鎖があって、説明するのに一苦労したりするのだ。


つづく

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