2010年6月26日 (土)

根幹は設計7

ワールドカップ観戦のため、ブログ更新が途切れ途切れとなってスミマセン・・


さて、設計のこと。
設計は机上のみでやれるものではなく、在庫してある材木の状態を良く確認し、それに適した合理的な設計をしなければならない。

そうでないと、切り余り材の山を築いてしまい、とても不経済なこととなる
利益に直結するシビアな話だ。


弊工房の場合、工房の真横に材木置き場があるので好都合。
材木をひっくり返しながら、状態を確認して設計に反映していく。


素材が天然木ではなく、合板などの工業素材であればそのような悩みも少なく、図面は標準化でき、材料取りを最大限効率化することも可能なのだが・・・


とまあ、いろいろ書いてきたが、設計はこのような様々な制約の中で、できるだけ最適なものを考えていかねばならず、それが極めて大変なことなのだが、裏返せば、この大変さが物づくりの本質であり、醍醐味とも言い換えることができそうだ。


モノづくりは設計が命。
良い設計ができれば、8割方成功したも同然!

逆に、不適切な設計を、製作の現場で修正することは極めて困難だ・・・
根幹は設計!


もしこれを読んでいる木工家予備軍の方・・ 訓練校へ通っている方などいらっしゃったら、是非設計の重要性について認識を新たにしてもらえれば幸いです。

おわり

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2010年6月24日 (木)

根幹は設計6

問題は続く・・・

製作の第一ステップは、図面どおりに必要な寸法で木を切り取る「木取り」という作業だ。
材木置き場からいそいそと原木を持ってきて、切る。

だが、必要寸法に切り揃えようとすると、微妙に短かったり、幅が足りなかったり。
もしくは、切り残しがあまりにも多くなったり・・・
反ったり、曲がったり、節や割れや虫食いがあったり・・

ともかく、気まぐれな天然素材、なかなかうまく行かない。


しかし、経済性を考えると、できるだけ原木を余すところなく有効利用したい。


う~む。
と、腕組み。


まあ、訓練校のときならば、現金な話、原木は学校のものなので、足りなかったりするとすぐ材木置き場から取ってきた新しい材を使ったりしていた(もう時効)

が、身銭を切った自分の材となるとそうは行かない。
木取り効率によって、原材料費は相当に変動し、直接利益を左右することになる。


そうなのだ。
家具の設計は、原木の状態を見ないまま机上で行っていてはダメなのだ。


つづく

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2010年6月23日 (水)

根幹は設計5

とにかく前へ進むしかないのだ。

再び図面を書き、加工し、失敗し・・ の繰り返しが続く。
落ち込んでいる場合ではないのだ。

失敗には必ず原因がある。
手順が悪かったのか、加工方法に無理があったのか、そもそも、そのような構造を採ること自体がナンセンスだったのか?

それらを一つ一つ分析し、分類してみる。
そうすることによって、失敗の原因を体系化し、それを繰り返さないための対策を系統的に構築する。
ノウハウ・・・よりも、もう少し普遍性を持つものになったかもしれない。


次にやることは、それらノウハウ的なものを図面に反映させることだ。
そうすれば、図面そのものが失敗を未然に防ぐ有力なツールとなる。

これを繰り返すことで、たった一枚の図面の価値はどんどん上がっていくのだ。


失敗は少なくなった。

しかし、問題はこれで終らない。


つづく

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2010年6月21日 (月)

根幹は設計4

図面が完成した(ヨシ)
あとは、図面どおりに加工するだけ・・・なのだが・・

これがまた、悪戦苦闘第2ステージという様相となる。

実際に加工をしてみると、加工手順をはじめ、さまざま諸々の困難が出てきて、その度に立ち往生!
度々、先生の助言を仰ぐ始末。

それでも何とか加工完了。
組立へ・・・

ああっ!!  割れてしまったヽ(;´Д`ヽ)(ノ;´Д`)ノ
ほぞが堅すぎたのだ _ノフ○ グッタリ


とにかく、失敗だらけで、ちょっと膨らみかけていた自信は雲散霧消し、前途を憂う悲観的なことばかりが頭を占めることとなった。

「木工を商売にしようなんて、とんだ思いあがりだったのかな?」
絶望的な気持ちになった。


しかし、ここで立ち止まるわけには行かない。
大げさではなく、人生がかかっているのだ。


つづく

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2010年6月20日 (日)

根幹は設計3

日本代表の敗戦や、ホークスの連敗でこころ乱されてしまい、ブログ書く気になれなかった(`◇´*)

気を取り直して・・・

設計を自分で行う。
実際にやってみると、これがなかなか難しい。

組み手、ほぞなど、それらをどのように組み合わせるのか?
框など、三方からほぞが行き会うところなどは、ちょっとしたパズルのようになる。

強度アップのためにはほぞは大きく、長くしたいが、やりすぎるとほぞ穴側がスカスカになってしまい、逆に強度低下を招いてしまう。

また、ほぞはほぞ穴よりも若干大きめに作って圧入とし、これによって連結強度を保つのがセオリーなのだが、このきかせ代をどのくらいに設定するのが良いのか? 
それによって、ほぞ穴のレイアウトなども微妙に異なってきたりする・・

さらに、ガラスをを入れ込むための小穴が加わったり、おさえ縁を廻すために胴付きを違い胴付きにするなど、さらに複雑なパターンが必要になると、図面を書きながら立ち往生してしまうことになる。

今では何でもないことなのだが、当時はなかなか厄介で、三面図の他に部分詳細図などを書いて、ウンウン唸りながら図面と格闘したりした。


つづく

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2010年6月17日 (木)

根幹は設計2

訓練校に通っていた頃、カリキュラムの後半は実際の家具作り。
受注した家具を製作することで、実践的な技法を学んでいく。
OJTというヤツだ。

だが、設計図は先生が書く。
生徒は、その設計図に忠実に製作をする・・という段取りで進む。

待ちに待った家具作りなので、生徒はそれこそ飢えた動物が獲物にかじりつくように、我先にと機械を回し、玄翁を振るう。

そして、それなりに立派な家具が出来上がる。
この満足感は堪えられない♪
いっぱしの職人になったような高揚感に酔いしれるのだ。


だが、ちょっと頭を冷やして考えると、これで満足することはできない、ということに気付くはずだ。
設計図はあくまで人が書いたもの・・ その通りに作ったからといって、物づくりの全てを経験したことにはならない。

それに気付いた人は、デザイン、設計図も含めて自分で書くことを志し、先生に上申して許可をいただくのだった。


つづく

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2010年6月16日 (水)

根幹は設計

先日、ご近所さんの木工家と話しをしていて、設計の話題になった。

設計・・
言うまでもなく、家具の設計のことである。


木工志願者からよく問われる質問に、「木工にとって一番大事なものはなんですか?」というモノがある。
なんとも抽象的、観念的な質問ではあるのだが、このように問われたときは迷わずに「設計」と申し上げている。

怪訝な顔をされる方も珍しくない。
おそらく、鉋、鑿、あるいは機械など、そのような答えを期待されているのかもしれない?

しかし、そうではない。
木工にとって、いや、物づくりにとっての根幹は設計である(きっぱり)
木工家として自立している方であれば頷いてくれることと思うのだが・・・


一般に、物づくりには三つの要素があり、それらをまとめてQCDと呼ぶ。

Q Quality 品質

C Cost コスト

D Delivery 納期 あるいは工程のスピードと言い換えても良い

これらをバランスよく、願わくば高い次元で実現させるのが物づくりの要諦といえる。
これは、大規模なメーカーであっても個人事業の零細木工であっても変りはない。


そして、設計は、これらQCD三要素を全て盛り込んで為されなければならない。
設計に物づくりの全てを凝縮し、根幹としてゆるぎないものにブラシアップすることが最も大切なことで、根幹にぶれがなければモノづくりは一気通貫の明快なものとなる。


つづく


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2008年6月21日 (土)

想像力3

つづき・・

家具の安全について・・
だいぶ前のこと、ある木工作家の子供椅子を見てびっくりしたことがある。

椅子の先端が鋭角に尖っており、背板には丸い穴が開けられている。
もし、目をついたりしたら、そして、穴から指が抜けなくなったりしたら・・・

続いて、私の例。
HPには載せていないが、実は子供用の玩具なども作っている。

以前、木馬を作った。
なかなか良い出来栄えで、試しに保育園生だった息子を乗せてみたところ、びっくりするほど揺すったあげく前のめりに転倒し、顔から着地する羽目になった。

これは、木馬に取っ手をつけていたためのこと。
取っ手があるがゆえに、思いっきり揺することができたというわけなのだ。

以来、木馬を作るときは取っ手無しのデザインとしている。


子供は何をするか分からない。
まさに、想定外行動のオンパレードだ。


物づくりにとって、設計にとって、最も重要かつ難しいことは、あらゆる使われ方の想定をし、それらに対して危険のないよう配慮した構造を考えることだ。


やはり、以前のこと・・

工房に木工家志望の人がやってきた。
話を聞くと、子供家具作りをしたいとのこと。

どうすればよいのかとの質問に対して上のような話をし、保育園や幼稚園にヒアリングに行くことをアドバイスした。

怪訝な顔をしていた。

果たして、彼女は今何を作っているのだろう?
あらゆる危険に対して、十分な想像力を発揮しているものと期待している。


そして、自身もさらに戒めなければと思ったしだい。
想像力・・物づくりに最も必要な資質かもしれない。

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2008年6月20日 (金)

想像力2

つづき・・・

記事を見たとき、まさかと思った。
当然、上に乗られるだろうことを前提とした強度設計がされているはずなのに、どうして割れたのか??

ところが、読み進めてみると、乗ることは想定外で、そのような設計強度にはなってないとのこと。
プラスチック製で、厚みは4ミリ程度。
そして、子供はこの上で飛び跳ねていたと言う。


製造元、設計施工、そして検査・・
その全てをすり抜けている。

誰か気付くものはいなかったのか?
この上に子供が乗るかもしれない・・
たったそれほどの想像力も働くことはなかったのだろうか?

もう、これ以上書くとだんだんボルテージが上がってきそうなので、このあたりで止める。

さて、翻って・・
そう、自身のことだ。

他山の石・・
家具設計において、安全とは?


つづく

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2008年6月19日 (木)

想像力

このブログでは、社会問題や政治のことなど、生臭い話は書かないようにしている。
が、今回はこの自粛を破って書く。

小学生が、天窓を破って転落死した事故。
新聞や、ネットからの断片的な情報だが、どうやら天窓の上に人が乗るのは想定外で、そのような設計でも施工でもなかったらしい。

責任の所在はどこなのか?
また、この悲劇を引き起こした本質が工程のいずれに潜んでいるのか?
それらはいずれしかるべき機関で明らかにされることだろうが・・

まず言いたいこと・・・

この、恐るべき想像力の欠如!

小学生のことだ。
屋根にこのようなドーム状の突起があれば、面白がって乗るに決まっているじゃないか。
ちょっと考えれば、容易に分かることだ。

現実に・・私の経験談。
ちょっと前のことだが、運動会で小学校へ応援に行ったときのこと。
昼休みの弁当の時間。
弁当を広げたスペースの真横に、まさにこのドーム状の天窓が取り付けられていた。
(当該事故のものと同じかどうかは定かでない)

そして、わが息子も含めて、子供達がこれに乗ろうとしたので注意したのだ。

「割れて落ちたらどうするんだ(怒)」

その時は、本当に割れると思って言ったわけではなく、行儀の悪さをたしなめるために少々脅かしてやろうと考えたのだ。


ところが・・・

本日の新聞を開いて愕然!

割れるんだ・・・


つづく

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