2016年4月12日 (火)

手作りという言葉

寒の戻りと言うには遅すぎる時期ですが、寒い朝です。
思わずストーブを点けようかと思いましたが、灯油はすでに空。

さて、先日のことなのですが、とあるところを散歩していたところ、とある店を見つけました。
あれ、いつの間にこんなところにお店ができたのだろう?

小さな看板に、手作り石窯焼きパン と書いてあります。

パンって、基本的に手作りなんじゃない? と心のなかでツッコミを入れながらも、家具とパンでジャンルは違えども、同じ手作りを標榜する店とあっては、このまま通り過ぎるわけには行きません。
(というか、単なる食いしんぼなんですが・・)

店は、古い民家を改造したもので、いわゆるナチュラル系・・と言うのでしょうか、スローライフ、ロハスなんてキーワードが思い浮かぶ佇まいです。

で、その石窯焼きバゲット というものを買いました。

早速、翌日の朝食に食べてみたのですが・・

あまり美味しくない (・へ・)

小さなパンで、価格も高価。。 通常の4倍位の値段かなぁ?
こだわりの手作りなのでしょうが、、美味しくないなぁ。。。

私も手作り家具なんてものを作ってますので、ちゃんとした材料を使って、必要な手間をかければ、どうしてもそれなりに高価になってしまうのは分かり過ぎるほど、分かってます。
でも、それは高品質なものを作るために必要なことであり、完成したモノがそれに見合う価値を備えていることが全てです。

パンならば、やはり美味しくないとダメなのじゃないかなぁ??

う~ん。


できたばかりのお店ですので、まだまだその真価は分かりません。
これからに期待するとともに、他山の石として自らも改めて戒めねば・・と思ったことでありました。

手作り、、という言葉。
安易には使えません。

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2008年6月 2日 (月)

手作り感6

とにかく、最初の頃は困ったときの組み手・・なんて感じで、手作り感演出のために用いること頻繁だった。

組み手=手作りの証明 という方程式だ。
安易だね。

当時、売り込みのために展示会やクラフトフェアなどにも頻繁に参加し、露出をあげることに必死。
必然的に、お客さんとふれあい、会話をする機会も多く得た。

そこで気付いたこと・・
組み手に興味を払うお客さんなんて、ほとんどいないこと。

たまにこのような造作をしげしげと眺めている人がいると、決まって同業者かアマチュア木工家。
つまり、技法などに興味を払うのは、木工関係者しかいないということだ。

お客さんに、これが蟻組みですよ・・
伝統技法なんですよ・・
丈夫ですよ・・
などと説明するも、関心を引くことはできず上滑り。

頭を抱え込むことになった。

迷路。
どうすれば手作り感を演出できるのか?

試行錯誤の日々は続き、あるとき気付いた。

手作りとは造作のことではない。
手作りとは技法ではない。
手作りとはデザインではない。
そして、手作りとは演出するものではない。

手作りとは、お客さんの話を良く聞く事。
お客さんの思いを自分のものとして理解し、共有すること。
そして、それを形にすること。


そう、
手作りとは心構えのことなのだ。


ちょっと視界が開けた思いがした。
デザインの自由度が広がった。


手作り感は小手先で演出するものではなく、自然と感じていただけるもの。
例えば単純な箱でも、お客さんとの対話から生まれたそれには、自ずから手作り感が漂う。
そうありたいし、そうあるべきだ。


悩んでいるとき、手作りの看板を外そうかと思った。
でも、やはり看板を外すのではなく、看板の意味を考え続けることを選んだ。

そして、今でも悩み続けている。

手作り・・
何気なく、そして、便利な言葉だが、深耕するほどにその本質は限りなく深くなっていく。

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2008年6月 1日 (日)

手作り感5

大量生産の対語としての「手作り」 その範囲はずいぶんと広い。
このため、手作り感を追い求めるのは、羅針盤の壊れた船で島を目指しているようなものだ。

漂流!
この言葉がぴったりくる。

私なんて、開業してから・・
いや、訓練校の頃から碇のない舟のようにフワフワしている。

そして、このフワフワ感は、木工暦が長くなるほどにより強くなっている。
困ったもんだ。


ただ、手作りは、やはりお客さんとの距離感を近くしていなければ感じてもらえない。
どうやら、これだけは確かなようだ。

なので、フワフワな浮揚感をつなぎとめて、軸足をしっかりと着地させるためには、やはりお客さんとのコミュニケーションが欠かせない。
と言うよりは、それが全てだ。


開業当初、手作り感を「演出」するためにいろいろなことをやった。
組み手もずいぶんと使った。

組み手は大量生産品にはなかなか見られないものなので、手作り感を訴えるには便利なのだ。
そして、自己の技巧を誇示する顕示欲も同時に満たしてくれる。

便利だが・・・ 安易だ。

では、組み手を用いずに手作り感は演出できるのか?
そんなことを考え始めていた。


う~ン、やはりまとまりがなくなってきたぞ・・
でも、勢いで  つづく。


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2008年5月31日 (土)

手作り感4

手作りって・・一体何なのか?

私のことを考えてみる。
実は、私は手作りという言葉にとても弱い。

例えば、手作りウインナー 手作り饅頭・・ 
高速のサービスエリアでこのような幟があると、フラフラと吸い寄せられてしまう。


手作り・・
それは、機械の使用頻度などという作り手側の一方的な定義などではない。
もっと単純に、大量生産、規格品の対語として捉えられているものではなかろうか。

そこでしか手に入らないもの。
生産者の顔が間近に見える距離で生み出されるもの。

そのようなものを総称して「手作り」と呼んでいるような気がする。
お客さん側からの視点だ。


このように考えるならば・・・
手作りという言葉・・その範囲がとてつもなく広いことに気付く。

そして、さらに戸惑うことになるのだ。


つづく

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2008年5月29日 (木)

手作り感3

つづき

手作りということをどのように考えるかは各自の自由だ。
だが、機械使用の頻度や用い方を一つ一つあげつらって、これは手作り、これは手作りでない などと分類するような論には生産性を感じない。

これには、最も大事な視点がすっぽりと抜け落ちている。
この手作り論は、作り手の立場から見た分類で、お客さんの視点がまったく入っていない。

一体、お客さんが、この家具のどこまでが機械加工で、どこからが手加工か? などと、気にするのだろうか??

家具作りを生業にするのであれば、最も大事で忘れてはならないのはお客さんの視点であるはず。
それが抜け落ちている以上、それは商売としての家具作りの本質を外した非生産的なものと言わざるを得ない。


では、改めて問う。
手作りとは一体何なのだ?

ソレガワカレバクロウシナイゼ・・・(ブツブツ)


つづく

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2008年5月28日 (水)

手作り感2

手作り感・・・

ついうっかり書き始めてしまったが、これ、結構難しいテーマだ。
いまだに、全く結論も見えていない。

なので、今から書き進めることも、もちろん回答があるわけではない。
また、あちこち話が迷走してしまいそうなので、あらかじめご容赦いただきますよう。


そもそも、手作りって何だるう?
という疑問からはじめてみる。

これ、木工をされている方なら、おそらく一度は考えたことのあるテーマではないだろうか?

例えば、弊工房の場合・・
製材から始まって、加工はほとんど機械で行う。
機械で板を作り、機械で穴をあけ、機械でほぞを切る。

仕上げには手鉋を掛けるが、その後の素地調整はやはり機械だ。

機械でできることは機械でやる。
それが、木工を職業にしている身としてはごく標準的な構えだろうと思う。

そもそも、それでないと到底採算が取れず、商売として成立し得ない。


なので、これだけ機械を使っていれば手作りとはいえない・・と言う意見を良く聞く。

なるほどね・・と思う。

じゃあ、手作りを標榜するためにはどうあればよいのか?
と、少々開き直り気味に問うてみたい。


・森に分け入って
・斧で木を切り倒し
・馬車で材を運んで
・大鋸で材に挽いて
・手鉋で製材し
・のみで穴を掘り

・・・ このあたりで止めておこう。

機械を使わないとはこういうこと。

この同じ理屈を適用すれば、手作り雑貨、手作りパン、手作りケーキ、手打ちうどん などなど・・
全ての手作りを標榜するお店は、ことごとくその看板を下ろさねばならぬ。


かなり極端なことを確信犯的に言っている。
と言うのは、手作りを定義するのにこのような論を展開することの無意味を言いたいからなのだ。


なので、私はこのような論には与しないし、興味もない。


つづく


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2008年5月27日 (火)

手作り感

何とか腰も回復して一安心。
今週は、写真撮影や納品などで、重いものを持つ機会も多い。
予定に支障が出なくて良かった~


さて、今日は組み手の加工。

私は、どちらかと言うと組み手を用いることにあまり積極的でない。
組み手は、見た目がとても華やかになり、手づくり家具ならではの醍醐味を感じさせるが、作り手の技巧を顕示しているような感もあり、少々気恥ずかしい思いがしたりする。

なので、あまり積極的に用いることはない。
でも、絶対に嫌というわけでもないので、お客様のご要望などで加工することは全く吝かではない。

また、デザインによっては、組み手を用いた方がより収まりが良いと感じることもあったりするので、そのような時にはためらわずに用いることにしている。


回りくどいことを言っている。


まあ、要するにデザインはいつも悩ましいと言うことだ!!


そして、これを考えていく上で、いつもジレンマに陥ることがある。

それは、「手作り感」についてなのだ。


つづく

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