2008年7月18日 (金)

アートのハート2

芸術家を突き動かすものとは?
そもそも、なぜ芸術などをしようと思うのか?

宮田学長の答えは実に単純明快!

「思いを伝えたいからだ・・」


自分の熱い思いを伝えたい。
だが、それがなかなか伝わらないもどかしさ。

それが、全ての芸術家に降りかかるジレンマとなる。


伝える側と受け取る側・・
両者が100%の授受を感じることなど、おそらく  ない。


これは、芸術に限らず、言葉でも同じ。
どれほど言葉を尽くしても、その言葉を吐いた端から全てが嘘でさらさらと崩れていくような気がする。

このもどかしさを説明する大田光に対して、宮田学長の放った言葉が印象的だった。

「ピュアじゃないね 本当のことを言っているように感じられない」

この後、話は白熱しながら禅問答のようにくるくると旋回をする。


伝えることと、伝わること。

伝えたいと言う熱い思いが人を突き動かす。
その手段は様々・・ 絵画、彫刻、音楽・・・

だが、それがストレートに100%伝わることはおそらくない。
そこにジレンマが生まれ、それが新たなる創造のエネルギーへと転化していくのかもしれない。

「伝わらなくてもいいんだ」
と、宮田学長は言う。

それは、伝えることを考えて考えて、悩んで悩んで、そしてたどり着いた透明な境地なのかもしれないなぁ。


伝えたい、伝わらない、伝わらなくてもいい・・
無意味とも思えるこれらの連鎖を理解しつつ、それでもなにか表現することから離れることができない。

実に不自由で不条理なことだが、であるからゆえ、人を惹きつける磁力を帯びるのだろう。


芸術とは?

そんなもん、分かるわけありません。

と、戯言にお付き合いいただき、ありがとうございます。

話は変わって、明日から三連休。
家族の圧力に負けて、ちょっと外出します。
この間、ブログもお休み・・ 来週火曜日より再開します。

では、楽しい休日を!

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2008年7月17日 (木)

アートのハート

先日のNHK 「爆笑問題のニッポンの教養」 は面白かった。

この番組、大田光のツッコミがいつも上滑り気味で隔靴掻痒の思いをすることが多いのだが、先日の対談は白熱してなかなか面白かった。

相手は東京藝術大学の宮田学長。
もちろん、芸術界の最高学府だよん。


芸術・・
この言葉を聞くたび、複雑な思いがする。

もちろん、私自身は芸術から遠くはなれたところにいる。
実用品としての家具作りをしているのであって、アートをやっているわけではない。

でも、芸術から距離を置くように繰り返し思うことは、その反作用として、芸術なる得体の知れないものの影に付きまとわれることにもなってしまう。

芸術からはなれると言うことは、つまりは芸術とは一体何なのか? の疑問と表裏一体。
真に厄介である。

司馬遼太郎が、絵画理論を通して絵を見ることの愚を説いている。
そうだよな、絵画における理論と作品が、物理における理論と実験の関係と等価であるはずもない。

裸眼で見よ と、御大は言う。


もう一つ・・
「芸術家よ、創れ、語るな」 と言う箴言がある。

ゲーテの言葉らしい。

とっても短いが、芸術の本質を射抜いている言葉のように感じる。


言葉はしばしば無力だ。
不立文字・・ 真理は言葉では伝達できない。

非論理的と言うことなのではなく、言葉による伝達の限界を表しているのだろう。
禅の用語・・ この四文字にその深遠を垣間見る思いがする。


さて、話を戻して・・
爆笑問題と宮田学長との会話。

テーマは・・ アートのハート。

芸術家を突き動かす、その熱源となっているものは何か?
なかなかエキサイティングなテーマだったのである。


つづく

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