2017年9月30日 (土)

ひよっこロス

軽いひよっこロスになっております。

あの、重箱を思い出すくだりには泣かされました。
そうか、あの重箱が最終的な伏線になってたんだな。。

脚本、演出、出演者共に見事。

悪い人、嫌な奴が一人もいないほっこりとしたドラマで、半年間、朝のひとときを楽しませてくれてありがとう。

それにしても、有村架純はいい女優になったよね。
今後が楽しみです♪

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2016年12月23日 (金)

恐怖のメロディー 恐怖の臨時ニュース

撮り貯めておいた映画を見ていました。

クリント・イーストウッドの初監督、そして主演の映画、恐怖のメロディ。
サイコサスペンスに分類されるのかもしれませんが、女性ストーカーの猟奇的な行動を描いた映画です。

ストーカーは、今では一般的(?)になった言葉で、それによる事件も珍しくない時代ですが、この映画の当時は極めて稀で、公開当時はその得体の知れない恐ろしさに観客も恐怖したことでしょう。

ストーリーは、簡単に言うと、クリント・イーストウッド演じる地域ラジオのDJが、聴衆の一人だった女性からつきまといのストーカー行為を受け、それがだんだんエスカレートし、ついには殺人未遂にまで発展するというモノ。

今ではさほど珍しくないストーリー建てですが、それなりに面白く見ていました。
ちょっと中だるみしたりするところもありますが、後半に急展開、これからいよいよクライマックスへ・・
という、一番肝心なところで・・

突然・・・嫌な警告音。

そう・・あの・・・地震警報です。

ちょいとビビりましたが、、あ、そうか、これ、録画だったんだ。。

と、胸をなでおろしたのですが、しかし、警告の表示が画面の三分の一を覆ってます。

オイオイオイオイ 見えねーよ!
字幕も半分かくれてるし、これからクライマックスになる一番良いところで、勘弁してよ。
しかも、録画だし・・今、地震起こってないし。

イライラしながらも、どうしようもありません。
警告は出続けており、さらには画面上に地震速報も出てくる始末。

もはや、映画は警告文の壁紙にしか過ぎません。
パネルクイズアタック25で、アタックチャンスの時に、画面の中央半分くらいが覆われているような状況でございます。

それでも、ありったけの想像力を働かせて、僅かな画面からストーリーを追っていたのですが。。

突然画面がニュースセンターに切り替わりました。
「突然ですが、臨時ニュースをお伝えします」


_| ̄|○


早送り・・・
その後クライマックスの10分は、全て臨時ニュースで埋まっていました。


がぁぁあぁあ


その後、一人寂しく結末をネット検索した次第でございます。

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2016年10月29日 (土)

再会の山

ネットでちょっとおもしろい動画を見つけたので、ご紹介。

「再会の山」

エプソンのトレッキング用ウォッチの広告動画なのですが、短いながらも50代以上の人の琴線に触れる出来栄えとなってます。
俄然、登りたくなりましたなぁ・・


涼しくなって、近所の低山にトレッキングに行きたいと思いつつも、ここのところ土日は雨続きとなって断念していますが、明日はどうかな?

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2016年8月10日 (水)

シン・ゴジラ

シン・ゴジラを見てきました。
今回、12年の空白を経て原点回帰を目指したとのことで、興味津々。

見た感想は、、いやいや、面白い映画でした(満足)

シン・ゴジラのテーマは、現代日本にゴジラが現れた場合、政府を始めとした諸機関がどのように動き、どのように判断し、決断し、どのようにこの事態を収集しようとするのか、、ということです。

事前に徹底した取材を重ねて書かれた脚本はとてもリアリティーがあり、想定外の事態に政府が右往左往し、様々な会議が開かれ、決まらず、決められず・・という様は、悲劇と捉えるべきか、喜劇と捉えるべきか、もどかしさばかりが募るのでした。

特に、自衛隊の防衛出動を決断するくだりや、日米安保に伴う米国との連携を描いた部分は、現在の日本が置かれた状況を考えると決して絵空事ではなく、虚構の中に現実が入り混じった不思議な感覚にとらわれてしまいます。

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さて、当のゴジラですが、、全てCGで描かれていながら、動きは往年の着ぐるみを髣髴とさせるもので、思わず膝を打ったことでした。
そう、これなんだよ、、ゴジラの動きは。。

そして、ゴジラ登場の際に流れるBGMは、伊福部昭が作曲したオリジナルのメロディーで、これを聞いただけでオリジナルのゴジラファンとしては心高ぶるのであります。

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今回のシン・ゴジラは、圧倒的な強さを持って描かれています。
詳しくはネタバレになるので書くことはできませんが、もはや極東の島国で起こっている事態にとどまらず、アメリカを筆頭に、国連安保理決議に基づく多国籍軍による攻撃というところまで話が進んでいくのです。

その事態を、果たして日本は受け入れることができるのか?
その覚悟はあるのか?

という、究極の選択を我々に問いかけているところも、この映画が訴えかける問題提起なのでしょう。

監督の庵野秀明は、言うまでもなくエヴァンゲリオンの監督として知られており、それとの類似を指摘する声も多くありますが、あいにく、私はエヴァンゲリオンについては全く不案内ですので、その方面での楽しみを感じることができないのが少々残念でもあります。

しかし、ゴジラというロゴマークや、エンドロール最後に出てくる「終」という書体、そして、エンディングに流れるオリジナル録音のメロディーなど、、
また、何よりもそのストーリーが、現状の社会情勢を下敷きにして、現状抱える問題点や矛盾点などをゴジラという圧倒的な虚構をそこに放り込むことであぶり出してみせるという組み立てになっている点など、原点回帰を思わせるに十分なもので、満足して映画館を後にしたのでした。

原点回帰したゴジラ映画。
子ども向けでは全く無く、大人に向かって発信された、大きな問題作と言えるかもしれません。

もちろん、娯楽映画、エンターテーメントしての魅力も満載(ゴジラがね・・怖いんだね、、これが)

シン・ゴジラ 是非映画館で見るべき。
お薦めです。

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2015年12月 1日 (火)

健さんの任侠映画

先日の日曜日は、高倉健の映画を見ました。

没後一周年企画 (もう一年経つんだね・・)
二本立て。

昭和残侠伝  網走番外地(望郷編)

私にとっては、はじめての健さんの任侠モノで、この二本がかかるのを楽しみにしていました。
私の知っている健さんは、「幸福の黄色いハンカチ」以降のものばかりで、寡黙で実直な男の印象が強く、言葉は悪いながらも珠玉のワンパターン、ステレオタイプの男振りにしびれたものです。

今回かかった二本は、特に昭和残侠伝は私が生まれた頃に作られた映画で、もう50年ほど前のものです。
任侠路線の第一弾ということで、記念すべき作品といえるのかもしれません。

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任侠モノ、ということで、殴りあい、斬り合い、殺しあいばかりの映画かとの先入観があったのですが、さにあらず。
敵対組織からの度重なる挑発、嫌がらせにじっと耐え、忍び、それでもさらにエスカレートする敵の悪行に耐えかねて、最後は一人で敵陣に乗り込んでいくというストーリー。

着流しに、脇に抱えたドス。
背中の唐獅子牡丹。

決めのセリフ 「死んでもらうぜ」

もう、漫画のようなストーリーや、細かいところなどはどうでもよく、このような様式美とも言える数々のお膳立てで、切れ長の目でキラリと睨まれると、スクリーンに向かって思わず「健さん」と叫んでしまいそうになります。

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これらの映画が封切られた、昭和30年代後半から40年代。
高度成長期にあって、義理や人情というものは廃れていったのでしょうか?

映画の中では、義理や人情、いわゆる任侠というものは古臭いものとして描かれています。
その古いものに固執し、あくまで義理を貫こうとする実直な男に多くの共感が集まったのは、やはりその当時の社会的背景が大きく影響していたのでしょう。

そう言えば、古い男とお思いでしょうが・・・ や 人情紙風船 なんて言葉も当時ありましたよね。


客の入りは4割ほど。
50年前の映画としては驚異的な入り数で、健さん人気の凄さが分かります。

年代はやはりリアルタイムでこの映画を見ていた70代くらいが主流。
でも、私と同世代や、20代と思わしきカップルなどもいて、幅広い年代が興味を持って見に来ていました。

当時、映画を見終わって出てくる男たちは、皆、肩で風を切って歩いて行ったそうです。
今回は、、、おじいさん、おばあさんたちの後ろ姿、、心なしかちょっと背筋が伸びているようにも思いました。

健さん ありがとう。

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2015年10月26日 (月)

映画二本立て

昨日は一日オフにして、映画三昧でした。

最近はどこもシネコンに席巻されていますが、ここ北九州市には、今でも二本立て、三本立てをしている映画館があるのです。

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小倉昭和館


新作ではなく、リバイバル専門の映画館で、毎週いろいろな企画のもとに映画を選択して上映しています。
外観の佇まいや、ロビーには昭和の香りが濃厚に残っていますが、座席などは最新のものにリフォームされており、快適です。

座席指定も、入れ替えもなく、ゆっくりと映画を楽しむことができるのが何よりの魅力で、また、いろいろな企画のもとに、これ!という映画を選んで上映してくれますので、ハズレ・・ということが滅多にないのも嬉しいことです。

昨日見たのは、セッション と イミテーションゲーム。

いずれも、天才、才能がテーマになっている映画で、合わせて4時間、満腹になるまで楽しみました。
これで1,100円は安い。

客の入りも良く、5割ほどは座席が埋まっています。
一昨日は、地元出身のリリー・フランキーを迎えてのオールナイト上映もあったようで、小さな映画館はますます意気軒昂のようです。

来月は、高倉健特集も組まれており、初めて健さんの任侠モノを見ることができると、今から楽しみにしているところです。

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2015年8月31日 (月)

ヨルタモリ 

ヨルタモリ が終わるらしいです。

毎週楽しみにしていたのに、残念。

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タモリは、その昔、オールナイトニッポンをやっていた頃にずいぶん聞きました。
翌日の学校ではその話が話題になったもので、あの当時、中学生、、深夜3時まで起きていても平気だったんだなぁ。。

若い人は知らないかもしれませんが、タモリって元々はキワモノ芸人として出てきた人で、その芸風には比類するものがなく、独特の世界観がありました。
今で例えるなら、江頭2:50 あたりかな? (ちょっと違うか)

それが、笑っていいともを始めてからおとなしくなり、子供から大人まで親しめる芸風になった代わりに、独特の尖ったところや毒が消えてしまい、それが残念でありました。
(唯一、タモリ倶楽部ではその片鱗を見せていますが)


それが、一年前に始まったヨルタモリでは、久しぶりに当時を思わせるようなネタを連発し、毎週の日曜日夜が楽しみになりました。
途中にCMも少なく、フジテレビの良心のような番組だと思っていたのですが、視聴率も結構良かったようですね。

それが。。。

どうやら、最初から一年限定で、ということだったようで、人気絶頂の時にさっと終わるというのも美学なのかもしれません。


ああ、また日曜の夜がつまらなくなるなぁ・・

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2015年8月30日 (日)

サンダーバード ARE GO

サンダーバードが放送されているのをご存知でしょうか?

サンダーバード、、同世代の方ならば、皆ご存知と思います。
国際救助隊がすごいメカを駆使して、あらゆる事故から人命を救出する。

テレビ放映されたのは、今から50年ほども前のこと・・・
私の記憶では、放送は週二回程度で、夕方からでした。

なので、外でどれだけ遊んでいても、サンダーバードのある日にはきっちり放送時間前までに家に帰り、テレビにそれこそ齧りついて見たものです。

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サンダーバード2号に憧れ、なけなしの小遣いを貯めてはプラモデル屋へ走りました。
プラモも値段によっていろいろなバリエーションがあり、最も高価なものはタンクの中に収めるサンダーバード4号や、ジェットモグラがついていたりして、子供心を大いにくすぐられたものでした。

あれから50年。
サンダーバードが、「サンダーバード AER GO」 として、リメイクされ、帰ってきました。

今回は人形劇ではなく、CGでの作成。
映像も綺麗で、動きもスムーズ。

基本設定も同じですが、新キャラも登場で、興味津々です。

ただ、ストーリー展開のテンポが早く、重厚感に欠けるのが難点かなぁ・・
と、オールドファンは思ったりするのですが、、まあ、よくも悪くも現代的な味付けになっているということなのでしょう。


また、オールドファンに嬉しいのは、新シリーズに平行して、旧シリーズの名作選が再放送されることです。
既に3話が放映され、懐かしい画面に釘付けになりました。
画像も、デジタル放送に合わせて修正されたのでしょうか? 見違えるほど鮮明になり、時の経過を感じさせません。

NHKで、新旧いずれも、月に数話ずつ放送されるそうです。

子供心を鷲掴みにされたサンダーバード。
時を経て、またワクワクさせてくれそうです。


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2015年8月23日 (日)

日本のいちばん長い日

日本の一番長い日を観てきました。

半藤一利 原作

昭和20年、敗色濃厚となった太平洋戦争末期にあって、鈴木貫太郎首相の組閣から始まり、ポツダム宣言受諾、そして8月15日の玉音放送へと至る歴史を描いたドラマです。

ストーリーは主に三人を軸として展開します。

阿南惟幾(陸相 役所広司)  鈴木貫太郎(首相 山崎努)  昭和天皇(本木雅弘)
これに畑中少佐(松坂桃李)を始めとする、徹底抗戦派の若手将校らが絡んで、物語は展開します。

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戦争末期にあって、首相、及び、海軍は和平派であり、それに対して陸軍は徹底抗戦派と言う立場にあります。
陸軍トップの阿南も声高に抗戦を主張し、会議は紛糾、結論は出ません。

戦況は刻一刻と悪化、膠着する事態を打破すべく鈴木がとった奇策、離れ業が、天皇の聖断を仰ぐことでした。
当時にあっても、天皇は立憲君主であり(これには諸説あるのは承知していますが、個人的には昭和天皇は戦前戦後も立憲君主であったと思ってます)政治的発言が出来る立場にはなく、その権限もありません。

しかし、和平対抗戦の膠着状態を打破する唯一の策として、この超法規的策が採られたことがこの物語最高のクライマックスであり、緊迫した御前会議の雰囲気が画面全体から伝わってきます。

天皇は和平を支持、これを機に阿南は極めて難しい立場に置かれることとなります。

もし阿南があくまでも徹底抗戦の立場を採るのであれば、陸相を辞して内閣を機能不全に陥れ、陸軍を主体とする軍政を敷くこともできたはずです。
現に、若手将校を中心とする大本営や前線部隊にあっても徹底抗戦の意気盛んであり、阿南が号令をかければ全軍が動いたであろうことは間違いがありません。

鈴木は言います 「阿南さんは辞めませんよ。。」
そう、阿南は辞めなかった。

ここからの阿南の行動は傍から見ると不可解であり、表向きは抗戦の立場を採りながらも、和平への着地点を探すような、はっきりしない立場、逡巡が見え隠れします。

そしてポツダム宣言。

これを受諾するか否か、そして、受諾の条件を巡っても会議は紛糾。
阿南の絶対に譲れないところは、天皇の地位保全と国体の維持。

原爆投下、ソ連の参戦。
事態はより切迫の度合いを増し、そのような中で二回目の聖断がくだされ、ポツダム宣言受諾へとつながっていきます。

しかし、治まらないのは若手将校たちで、畑中少佐を中心としたクーデター未遂(宮城事件)なども起こるのですが、このように、特に陸軍内部は抗戦派という爆弾を抱えており、これがいつ爆発するのか? という危機が常にありました。

そして、これは国内にとどまらず、大陸に展開している前線部隊も同様で、ちょっとしたきっかけで陸軍全体が統制不能になる恐れもあります。

阿南はそれを十分承知していたことでしょう。
8月14日、阿南は自刃します。

そして15日の玉音放送。

天皇自らの言葉に、阿南の自刃という電撃的ショックが重なったことで、陸軍抗戦派の意気が低下し、その後の武装解除につながった・・ということが言われていますが、これについては今後も研究が進むことでしょう。


阿南の自刃。
これがこの物語の第2のクライマックスで、それ自体が大変ドラマチックな場面でもあるのですが、しかし、なぜ阿南は自刃したのか?

上記したように、抗戦派を鎮めるためだったのか、それとも、陸相としての義を貫くためだったのか、部下を死に追いやったことの責任をとったのか。;

疑問は残ったままです。

実は、この阿南の自刃についてどのような解釈をしているのか? というのも、この映画を見た動機の一つなのですが、やはり、それについては描かれておりませんでした。

しかし、そこにこの映画の誠意を感じます。
戦争映画は、概して何かしらのイデオロギー色が感じられるものですが、この映画はおそらくは意図的にそれらを徹底排除し、史実のみに基づいて描くことに徹しているように思われます。

個人の心象内部に踏み入らず、ただ事実を描写する。
それをどのように解釈するのかは、観客側に委ねられています。

終戦は一朝一夕でなったものではなかった。
そこには、様々な衝突があり、葛藤があり、長い長いドラマがありました。

久々に骨太の映画を見たように思いました。

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2015年7月21日 (火)

喜びも悲しみも幾歳月

連休最終日、半日ほど休みにして、古い日本映画を見てきました。

「喜びも悲しみも幾歳月」
 監督 木下恵介
 主演 佐田啓二 高峰秀子

タイトルを見て ああ、、 と思った人は、だいぶご年配の方とお見受けします。
昭和32年(1957年)の製作、、60年近く前の映画で、私もまだ生まれておりません。

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大変ヒットした映画らしく、その後何度かリメイクされているようです。
テレビでシリーズドラマ化されたこともあり、遠い記憶ですが、祖母が欠かさず見ていたのを覚えています。
なので、いつか映画を見てみたいと思いつつ40年余り・・
今回、たまたま一日だけ上映されるとの情報を聞きつけ、これを逃したら生涯見ることはできないかも・・との思いから、いそいそと出かけてきた次第です。


灯台守の四半世紀を描いた映画です。
灯台守とは、全国に300箇所以上ある灯台の保守を行う人のことで、灯台の無人化にともなって今では灯台守の仕事は無くなっていますが、当時(昭和初期)には全国に灯台守が配置されていました。

映画の中のセリフ 「部屋の真ん中にある灯台はない、灯台はいつだって端っこさ」 の言葉通り、勤務先は岬の突端、孤島など、、近くの集落まで一日二日の道のりであることも珍しくなく、風に吹かれ、波に洗われ、北国では雪に閉ざされるという、孤独で非常に環境の厳しいところでの生活を強いられる職業でありました。

転勤もあちこちで、北から南まで、僻地から僻地を飛び歩く生涯で、当時においても極めて希少な職業であったといえるでしょう。
(木工家もかなり希少ですが・・ (^^ゞ 


主人公は新任の灯台守(佐田啓二) そして、その妻(高峰秀子)です。
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時代は昭和7年から32年までの、四半世紀を描いています。
上海事変からはじまり、盧溝橋、日中開戦、アジア浸出、太平洋戦争、終戦、そして戦後の復興までが時代背景となりますが、それら激動の時代の影響を受けつつも、灯台守として文字通り孤塁を守り、職務を全うするという実直な職務姿勢が全編を通して描かれており、見ていてホッとします。

全国を移り歩く中で、子供が生まれ、友人との確執があり、夫婦間の諍いがあり、別居があり、戦争があり、そして息子の死を経て、最後は娘の結婚というクライマックスを迎えます。

25年間、特に大きなドラマがあるわけではないのですが、どの場面においても自分の人生に重ねあわせて共感できるところがあり、思わず引き込まれてしまいますね。

この映画が発表された昭和32年当時。
おそらくは、まだ戦前、戦中の記憶が鮮明に残っていた時代であるはずで、その時の観客が感じた共感は、おそらくは今日の比ではなかったはずでしょう。

大ヒットした理由がよくわかったような思いがしました。
そして、見終わったあとは、40年来の宿題を解決したようなカタルシスを感じたものです。


今回の上映は映画館ではなく、古い映画を資料として保存している「松永文庫」という団体が主催した一日限りの上映会。
海の日に合わせて企画されたようです(グッジョブ)

デジタルリマスター盤ではなく、古いフィルムを映写機で写していたもので、正直なところ画像は悪いし、セリフはちょっと聞き取りにくいし、映写機のカタカタという音や、フィルムチェンジの雑音などはうるさかったけれど、、

でも、、、

それら全てが素晴らしく、懐かしく、愛おしい思いがしました。

これからも不定期に昔の映画を上映するとのことで、次作を楽しみに帰宅の途についたのでありました。

いや~ 映画って本当にいいものですね(晴郎)


おまけ、、
主題歌です。

今では昭和の名曲として、定番ですね。


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