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2016年4月18日 (月)

肌感覚として

今回の熊本地震に際しては、頻発する余震によってもたらされるストレスを否応なく実感させられました。

それ以前の大きな地震の時は、画面に映される惨状を目の当たりにしつつも、映像を見て、頭でそれを解釈して・・・という捉え方であったように思います。
頻繁に流れる地震速報と、各地の震度を見ても、それは単なる数値にしか過ぎず、速報も度重なると徐々にそれに慣れてしまっているということもありました(正直な話)

ところが、今回は、度重なる揺れを身を持って体感することとなり、まずは揺れを感じて、その後に速報値で震度を知る・・という経験を、度々繰り返すこととなりました。
このようなこと、生涯初のことです。

ここ北九州の震度は、最大は5弱から、最低は1まで様々であり、特に二日目の本震の時は深夜でベッドに寝ていたために、より感じ方も強かったのだと思いますが、本当に恐ろしい思いをしました。

最初はガタガタ、、次にはゆっくりとローリングするような横揺れが加わり、家具が倒れるのではないか? 揺れが強くなると、このオンボロ屋が倒壊するのではないか?

しばらくして揺れは治まり、ホッとしていると、数分後にまたグラグラ。

これが深夜から未明にわたって繰り返されるため、眠れない。
揺れのたびに感じる恐怖は、ボディーブローのように体の中にストレスとなって蓄積されていきます。


朝になって、深夜の揺れが本震であったことを知り、さらに、映しだされた映像に驚愕しました。
熊本、阿蘇は、九州でも屈指の観光地であり、私も今までに数えきれないほど訪れた土地でもあります。

阿蘇大橋、阿蘇神社、地獄温泉、そして南阿蘇や西原村の風景など、どこも、何度も行ったところであり、その時々の光景、空気の匂いまで鮮明に思い出すことができます。

それが・・

また、熊本には友人も多く住んでおり、彼らの消息も心配だったのですが、メールやSNSなどで確認したところ、幸いにして皆無事でありました。

しかし、いずれも被災は免れておらず、避難所や車の中で寝起きしているとのこと、家の中は家具がひっくり返っており、復旧の目処も立っていないこと。

熊本大学に通う息子の友人たちは、グラウンドで一夜を過ごしたこと・・などなど・・
身近な人々からの生の声は、やはりこの震災が画面の中のことではなく、すぐ隣で起こっている実際の現状であることを、頭の理解ではなく、肌感覚として実感させられるものでありました。


今、ここ北九州では揺れはほとんど感じなくなりました。
どうか、このまま治まってくれるこことを願うばかりです。

そして、隣の友人たちのためにできることは何か?
それを考えていきたいと思っています。

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