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2013年12月29日 (日)

喪に服するとは

今年も押し詰まってきました。
例年、この時期は正月準備で大変ですが、今年は秋に母を亡くして服喪期間でありますので、慶事についての準備は不要で、その点では割とゆったりと過ごしてます(大掃除は別ですが・・)

そんなこんなでゆったりした年末ですが、ふと思いました・・
喪に服するって、どういうこと?

改めて考えてみると、実は、服喪について殆ど知らないということに気付きました。
もちろん、今までにも祖父母を始めとして4人を見送り、その都度喪に服してきましたが、喪に服するということは一体どういうことなのか? ということについては全く考えたこともありませんでした。

思い返せば小学生の頃、曽祖父が亡くなったのが私の死に対する原体験でした。
葬儀から初七日、四十九日、一周忌、精進料理や精進落としなどなど・・・その都度親がやっていることを見ながら、何となくそれらの作法を覚えたという程度で、つまりはこれらが社会常識なのだろう・・という程度の認識でここまでやって来ました。


でも、よく考えるとちょっと変なんです。

我が家は浄土真宗なのですが、真宗においてこの世の死というものは、同時に極楽浄土へ生まれ変わる往生として考えられています。
阿弥陀如来のいるパラレルワールドである浄土へ行くわけですから、ある意味めでたいことでありますな!
南無阿彌陀佛

ならば、なぜ残されたものが神妙な顔をして喪に服さなければならないのか?
変ですよね。


また、年賀状も初詣も、しめ飾りなどもタブーとされていますが、これらは全て神道に関わることで、仏教とは基本的に関係のないものでありますな。

じゃあ、喪に服するとは仏教とは関係なく、神道に関わるものなのか??

調べてみました・・

すると、どうやら喪という概念は、日本古来の土着信仰にその由来があるものらしいことがわかってきました。


年末に辛気臭い話でスミマセン・・・
つづく

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