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2013年7月10日 (水)

吉田昌郎氏 逝く

福島第一原発の元所長である、吉田昌郎さんがお亡くなりになりました。

3.11以降の悪夢のような原発暴走に際して、まさに命がけで事態の収拾に奮闘し、フクシマ50として世界から称賛の呼称を贈られた現場作業者を統括した男。

官邸と東電本社の迷走に対して、それに振り回されることなく、時に命令に反して海水の注水を継続したりしたエピソードはよく知られています。

あの時、日本中、いや、世界中が原発の状況推移に注目し、一進一退の事態に一喜一憂したものでした。
チェルノブイリ以来となる最悪の原発事故に対して、世間からの怒号が飛び交う中、また、目の前で原発建屋の水素爆発が起きるという悪夢のような事態が生じてもなお現場に留まり続けたという胆力には、ただただ頭がさがる思いがします。

あれから時間が経ち、一部ジャーナリズムなどによって当時の状況が詳らかにされてきました。
それらの中には、当時の彼らに対する批判的な論調も散見されます。

頷けることもありますし、それらの視点は今後を考える意味で大切な意味を持つことは承知しつつも、しかし、総じてそれらは後知恵の論であり、あの狂乱する現場と原発が暴走するかもしれないという底知れぬ恐怖の中で命を賭けた作業員たちの評価を下げるものではありません。

細かい論議はありますが、少なくとも、吉田所長を筆頭として彼らはそこに留まった。
これは紛れもない事実であり、各種の偶然や幸運はあったにしろ、彼らの奮闘によって水蒸気爆発などといった悪夢は回避されたことは確かだろうと思います。


むろん、原発事故は終わったわけではなく、汚染水問題に代表されるように、時間を経てその悪影響の裾野はさらに広がり深さはより増しています。

原発をどうするのか?
エネルギー確保や地球温暖化問題とのトレードオフの中で、今後の原発政策をどのようにしていくのかについて、我々一人一人の覚悟が参議院選挙で問われています。

この大事な選挙前に、吉田所長の訃報を聞き、何かの物語のようなものを感じたのは私だけでしょうか?
複雑な思いがします。

ともかくも、大事な選択をする前に、反対派の人も、賛成派の人も、改めてフクシマ50の働きに思いを馳せてほしいと思いますし、また、吉田昌郎という名は日本を最悪の事態から救った男として、我々の中に永久に記憶されるべきと思っています。

改めて、ご冥福をお祈りします。

ありがとうございました。

合掌

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