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2012年12月25日 (火)

永遠のゼロ2

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つづき・・・・
物語は、宮部久蔵の人となりを浮き彫りにしていくのと同時並行に、アメリカとの戦争が一体どういうものであったのか、という実態についても明らかにしていきます。

ミッドウェー、ガダルカナル、ラバウル、サイパン等々・・ これらのキーワードで語られる戦いがどのような戦略的位置づけにあったのか、そして、それらの中で将官たちは、兵士たちは、どのように振舞ったのか。

これらについて、概観としてはある程度知っているつもりではあったのですが、それがいかに貧弱な知識であったのかを痛感させられました。

この小説は、最前線で戦った兵士たちの目線をずっと追い続けるのですが、それがために生々しい戦闘の実態が克明に描写されています。
戦争とは、つまるところは人を殺すことです。
勝つため、生き延びるためには相手を殺し続けなければならない。

平和な時代に生きている我々にとってはなかなか実感を伴いにくいことですが、殺すか殺されるかの論理が支配している戦時下においては、その中で各自が文字通り必死に自身の死と向き合うことを強制されます。
それは日本もアメリカも同じ事ですが、兵士の死を軽んじる日本に対し、兵士を生き残らせることを考えるアメリカとの対比を描く場面などもあり、このあたりからも当時の日本軍の性格が浮かび上がってくるようです。

日本はだんだん追い詰められていき、ついには沖縄戦へ突入します。

そして、かつては文字通り特別攻撃隊であったものが、徐々に通常作戦として特攻が常態化するようになっていく狂気・・・
そして、特攻の殆どは途中で迎撃機に撃墜されてしまうことや、敵艦にたどり着いても突入前に艦の機銃掃射で撃ち落されてしまう実態。

このため、どれほどの機が突入に成功したか分からないため、パイロットは敵艦発見の時から突入するまでモールス信号を打ち続けることが義務付けられており、基地の受信班は、このモールス信号が続いている長さで成功か、失敗かを判断したという事実。

ツーという信号音が途切れる時間で判断する。
短ければ撃墜されて失敗、長ければ成功。
いずれにしろ、ツー音が切れた時が、パイロットの死を意味したということ・・

やはり、私たちは戦争というものをこれっぽっちも知っていないように思い知らされました。


話を宮部久蔵に戻しますが・・・
彼は優秀なパイロットでありながら臆病者であり、戦場では逃げまわってばかりいた。

果たして、それは本当であったのか?

これ以上はネタバレとなってしまいますので書くのを控えますが、この小説を読み終えて、真の勇気とはどのようなものであるのか、ということを改めて考えさせられました。

死が是であり、美徳であった当時にあって、生き残りたいと言う言葉を公言して憚らなかった彼は、しかし、最後は特攻に志願して死を選びます。

何故・・・??
それを追い求めた先に発覚した驚愕の真実。
真の勇気とは・・・ 

読み終わった後に放心し、じっとその余韻に浸りたくなるような小説には滅多に出会えるものではありませんが、本当に数年ぶりにそのような小説に出会うことができました。


蛇足ながら、ベストセラーである故のことですが、書評などを読むと少なからず批判も目にします。
その一つ一つにはなるほどと思わせるものも少なくありません。

例えば、戦争体験者の告白にしては饒舌すぎる、とか、兵士は忠実勇敢で将官は打算卑怯であるという描き方が一方的、とか、戦争全体を俯瞰した見方になっていない、とか、過去の資料を並べて再編集しただけのものである、とか、現代を生きる若者の描写がステレオタイプなどなど・・・

確かに頷かされることも多くあります。
しかし、そのような批判をまとめて天秤にかけても、この小説の圧倒的な面白さの比ではありませんし、この小説が我々に投げかける問題提起はゆるぐことはないでしょう。

特攻兵士たちは何を思い、何を守るために死んでいったのか?
それらの思いに、我々は応えているだろうか?

背筋をしゃんとせねば・・・と思った次第です。


永遠のゼロ お勧めです。

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