« 梨狩りへ行く | トップページ | 良い天気ですね »

2011年9月22日 (木)

台風一過の空に

台風 皆さんのお住いの地域は大事はないでしょうか?
ここ北部九州は幸いなことに大きな被害はなく、今日は太陽が顔を見せています。

それにしても・・・ここのところの日本は、自然からの脅威を受けることが頻繁になってきました。

宮崎の新燃岳噴火はまだ記憶に新しいところで、それに続く3月の東日本大震災、そして夏以降の大雨台風の連続など、連続して起こる自然現象に翻弄される日が続いています。


これらは自然の事ゆえ受忍するしかないのでしょうが、未だ収束の気配がない原発事故については腹立たしく思うばかりです。

原発についてはまた改めて思うところを書いてみたいと思いますが、次々と起こる災害、遅々として作動しない政治機能、そして、それに乗じた近隣諸国の挑発、経済の停滞とTPPへの参加是非、増税など・・ 国全体が試練の中に放り込まれているようです。

諸問題についてしっかり考えたいと思いつつも、めまぐるしく変わる情勢に追いつくことが出来ず、マスメディアからの発信を拾い読みすることぐらいしかできておらず、思考停止になりそうです。


国難です・・・が・・
しかし、このような国難は今に始まったことではなく、歴史を振り返ってみると今以上に厳しい状況に置かれていたこともあり、それを我々の先達はその都度乗り越えてきたのですよね。

その知恵に学びたいと思い、ここのところ歴史書を読み返すことが多くなっています。
特に、近代以降の日本の振る舞いについては良くも悪くも考えさせられる所が多く、我々一般庶民の有り様についても参考になることが多いように感じています。

ただ、日本の近代から現代史については、どうしても左右イデオロギーの色眼鏡を通して語られることが多く、その対立は科学的な議論を通り越して、感情論にまで発展してしまうことがほとんどです。

残念なことだと思う反面、この両者が互いのバランサーとなり、うまく平衡しているのかなぁ? とも思えたりもしますね。


ともあれ・・・国難です。
この事態にどのように振る舞うのか?

それは政治家任せでは決してなく、我々国民の一人ひとりにその覚悟が問われているのは間違いがないことだと思います。

ちょっと背筋をシャンとして、正しく生活を送り、正しく政治に関与する。
その少しの自覚がこの国難を乗り越え、後世に恥ずかしくない形で歴史を引き渡すことにつながっていくように思います。

台風一過の空を見上げて、そのようなことを思いました。

|

« 梨狩りへ行く | トップページ | 良い天気ですね »

言いたいことなど」カテゴリの記事

コメント

栗原さん、ご無沙汰しています。我が息子も高2になり進路もほぼ決めたようです。大胆にも東京の大学に行くと言ってます。もちろん栗原さんに作っていただいた机と一緒です。少々、浮世ばなれした性格なので、ハラハラしています。まあ息子自身が決めた事なので応援したいと思います。
さて・・・国難ですね・・・栗原さんのおっしやるとおり原発問題、戦後の外交のあり方、何らかの発言や動きがあるたびに右だ左だと言う話になってしまいますね。
重要なのは感情論ではなく史実にもとずいた冷静な分析だと思うのですが。
恥ずかしながら私の頭のなかでは分からない事だらけです。もっと勉強しなければ。
息子たちにも政治に関心を持ってもらいたいと思います。稚拙な文章で失礼しました。・・・唐突ですが、これだけは言いたい。捕鯨は日本の文化です。諸外国とちがって手厚く祭られています。昔、市場の隅にあった鯨屋さんが懐かしい此の頃です。

では、また。これからもブログ楽しみにしています。

投稿: Eの母 | 2011年10月 1日 (土) 03:21

Eの母さん ご無沙汰しております。
コメントありがとうございます。

そうか、もう高校2年生なのですよね。
早いものですね。
進路も早々に決めている由、逞しいですね。

また、机もご愛顧いただきありがとうございます。
上京しても、引き続きよろしくお願いします・・と、ご本人様にお伝え下さい。


国難です・・・
災害はもとより、最大の国難は政治の稚拙さにあるような気もします。

このような事態は、一体いつごろからはじまったのだろうということに興味があり、最近では暇を見つけて近代史などの本を開いたりしています。

ただ、日本においては近代から現代にかけてはどうしてもイデオロギーを通した感情論が先行する傾向がありますので、客観的に見るというのはなかなか難しいところがあり、困ったものです・・・

しかし、逆に言えば、同じ事件でも様々な見方ができるということにもなりますので、より面白く興味深くもあったりします。


捕鯨については私も言いたいことは百論ほどもあります。

おっしゃるとおり、鯨は日本の食文化であるのは間違いありませんが、しかし、感情的に激昂している反捕鯨国や団体を相手に文化論を主張することの無意味と虚しさはいかんともしがたく、歯がゆさはつのるばかりです。

さらに、鯨が食卓に上らなくなってから久しく、今では鯨を知らない世代もずいぶん増えてきました。

こうなると、食文化と言いつつも、その文化を実体験として持たない比率が今後ますます増えてきますので、そのうち国内においても文化論としての主張は尻すぼみになっていくのではないかとの危惧も抱いています。

私見ながら、鯨については世界を相手に大義名分を通す戦略が必要だと思っています。

そのためには、殺し方など、批判を受けているところについて改めるべきは改め、ひとまずは相手の感情を沈静化させるところから始めていかねばならないように思います。

それにしても・・・
鯨がダメなら、カンガルーもダメだし、狐もダメだろう・・

と、思うんですけどね(-_-メ)

感情論は、ホントに始末が悪いです。
くたばれシーシェパード!!

投稿: 栗原@simple | 2011年10月 1日 (土) 14:27

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 梨狩りへ行く | トップページ | 良い天気ですね »