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2011年4月28日 (木)

安全か危険か?

原子力災害対策本部が、福島県内の学校の安全基準を、年間1ミリシーベルトから20ミリシーベルトへ引き上げたことが大きな問題となっています。

福島原発からの放射能飛散で、もはや1ミリシーベルトという従来の基準が全く実態を反映しないこととなってしまったための苦肉の策とも言えますが、それであれば、今までの基準は一体なんだったのか? ご都合主義の極みとも言えるこの判断に大きな批判が渦巻いているのは当然のことでしょう。

ちなみに、20ミリシーベルトが妥当と考える根拠は、国際放射線防護委員会が定めた原発事故後の非常時に適用される基準である1~20ミリシーベルトの範囲のうち、その上限を適用したということのようです。

なるほど・・
まあ、大人はいいでしょう。

しかし、大人よりも放射能に対する感受性が強いこどもに対してはどうなのか?
との疑問が出てくるのですが、これに対して、文科省は大人もこどもも一律20ミリシーベルトという基準を適用するとの主張です。

これが子どもを持つ親たちの不安に火をつけ、これを問題視しているフリージャーナリストや、反原発主義の専門家、また、日弁連に至るまでこの判断を批判、撤回を求める要求は後を絶ちません。

文科省との直接対話も行われたようですが、両者の主張は平行線のまま・・
そして、20ミリシーベルト基準は既成事実として運用をされるに至っています。


この問題を追いかけていて感じることですが、役人側の説明不足・・と言うよりは、住民側に理解を求めようとする真摯な態度を感じることは全くできず、その不誠実さが目立つばかりです。
それが住民側の感情を逆なでし、火に油を注ぐ結果となってしまって、不安と不信をさらに増幅する悪循環となっています。

専門家はどうか?

これが、主張はまっぷたつに割れています。
危険である・・・という陣営と 基準は妥当で心配は要らない・・・という陣営。

両者の主張は真っ向から衝突し、交わることはありません。


一体、これはどういう事なのか?

各自のリテラシー(情報解析能力)を高めよなどとよく言われますが、本来放射線の人体への影響という課題は高度な専門性を有する学術レベルの問題です。
そして、それを専門とする大学教授などの専門家がまっぷたつに割れている状況のなかで、一体我々素人はどちらの主張を取るのが妥当なのか?

どちらが正しいのか?
そんなこと、分かる訳ないじゃないか・・・(怒)


ちなみに、ネットでは危険論を支持する声が圧倒的です。
一般に、危険論を主張する専門家はその言動が敬遠されるためか、テレビやラジオなどへの出演は殆ど無く、主にネットでの発信となっており、方や、妥当論の専門家についてはNHKをはじめ、マスメディアへの露出が多いようです。

そして、ネット=正 マスメディア=偽 という公式のような空気がネット空間を支配しており、このためにマスメディアが妥当論を繰り返すのに反比例するかのように危険論が広がりつつあります。

このように、ネットとマスメディアも二論対立の構造となっており、混乱にますます拍車をかけることとなっています。


一体どちらが正しいのか?
こうなったら、自分で調べてみるしかない・・と無謀な挑戦をしてみました。


つづく

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コメント

「4号機が危機的状況」だそうです。
これは福島原発の話では無く
チェイリブイり原発の現状です。
セメントで密封した石棺が25年の
歳月を経て劣化が進行しており
内部でうごめく核物質がいつ放射能を
外部に吐き出すか、油断のならない
状況だそうです。
今後の対策に掛かるであろう巨額の資金
の目途も全く立たず、今後は時間の経過と共に危険は増すばかりだそうそうです。
つまり、原発とは一旦事故を起こしたら25年の長期に渡っても事故の解決の収束に何ら有効な手立てを下す事のできない、とんでもない代物だということです。
多分、福島原発も同様推移を辿って行くような予感がします。
私たち人類は今後、閉めることのできない扉を開けてはならないと思います。

35年以上前、私の学生時代「原発の講演」でその当時は使用済みの核の処理技術は未だ完成されていないけれど、今稼動中の原発が廃炉になる40年先頃には、処理技術が確率されているであろうと言う、全く楽天的状態で、原発開発が推進されているといった解説を聞いた事を思い出しました。結局は40年近くを経た今になっても
使用済み核燃料の最終処分技術は確率できておりません。
こんな、いい加減な原子力情勢が綿々と受け継がれて来た、今回の福島原発は明白な人災です。

投稿: デラシネ | 2011年4月30日 (土) 00:51

デラシネさん・・
いつもコメントや情報をありがとうございます。

有事の際の原発ほど厄介なものはなく、また問題の収束には気の遠くなるほどの時間がかかるということも大きな問題ですね。

原子力行政については、今まで様々な利権や闇がからみ合って推進されてきたのが今回の事故で白日のもとにさらされつつありますが、これが今回の事故がもたらした唯一のプラス効果とも言えそうです。

原子力を止めるためには、原子力は儲からない・・という仕組みを作るのがもっとも効果的と思われますが、民主党さんには今こそ政治主導の手腕を発揮して、ここに大鉈を振るってもらいたいものですが・・

期待薄かなぁ~?

政権の座にいないことで今までの闇に対してだんまりを決め込んでいる自民党と、政治主導と言いながら官僚の搦手に取られてしまっている民主党。

原発については、唯一自民党の河野太郎氏が気を吐いてくれていますが、彼のブログのタイトル通りごまめの歯ぎしりとなってしまうのか?

今後の推移については、国民一人ひとりが鋭く監視していかねばと思います。

投稿: 栗原@simple | 2011年5月 2日 (月) 00:56

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