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2011年3月31日 (木)

大本営発表か?

政府について・・

批判が多いようです。
菅首相の原発訪問が初動作業の妨げとなったのではないか? とか・・
そのようなことを言っている暇があったら、一刻も早い復興支援へ注力してもらいたいものですが。

また、原発について、政府発表は大本営発表だとの声も強いですね。
反体制派の人にとっては、とにかく政府は何をやっても批判の対象となるようで、今回はまさに格好の事例となっているようにも見えます。

しかし、冷静に考えてみてください。

他の問題ならばともかく、この原発事故のように周囲に大きく拡散する大規模な事例を、隠蔽したり捏造したりということは果たして可能なのでしょうか??

例えば、放射線量の調査ですが・・
全国各地のモニタリングポストの数値を、地域的に、あるいは時系列的に矛盾なく操作するなどということは、スーパーコンピューターでも駆使してやれば可能かもしれませんが、現実味を欠いているように思えます。

また、放射線量は政府や自治体のみが計測できる専売特許ではなく、計測器があれば誰でも図ることができます。
隠しようがありません。


原発内部の状況についてですが、これはたしかに第三者が立ち入ることはできない閉鎖空間となっていますので、政府発表の真偽についてはなんとも検証のしようがありません。

ただ、私も原発のことを調べ始めて感じることなのですが、原発のメカニズムは極めて複雑かつデリケートで、ひとつの要因が有機的に他に作用して状況を変え、それがまた新たな現象を創りだしてゆくという厄介な性格を持っています。

ネットでも、各種の専門家がいろいろな発言をしていますが、正反対の意見があったり、詳細部分で食い違っていたりと程度は様々ではありますが、およそ百論程も分析が語られていることを素直に見ると、それだけ状況を把握して解析するのが難しいということが言えるように思います。

このような複雑な系の中にあっては隠蔽や捏造をするほうがはるかに困難であるのは自明で、現場のデータはそのまま吸い上げられ東電や原子力安全保安院を通じて発表されているものと思われます。
これは、昨日の記事と同じです。

では、政府はどのようにこれに絡んでいるのか?

閣僚の中に原子力の専門家はいないでしょう。
なので、彼らも東電などからの情報と解析結果を聞き、その理解に努めるほか無いはずです。

この点、枝野官房長官の姿勢は評価できると思います。
はっきり言って、枝野氏のほうが東電や原子力保安院などよりもよほど分かりやすい。
政府のスポークスマンとしては、余人を持って代えがたいと思います。

話を戻して・・
閣僚といえども、原子力は素人。
となれば、当然放射線量が人体へ与える影響などについてもそれほどの知識はないはず。

このため、政府内では各種専門家が集まり、これに政府関係者も加わって様々な善後策を練っていることでしょう。
つまり、原発問題については、例えば首相が独断で判断するなどということができるはずもなく、多くの指揮者の総合的見解として最善と思える策を選択するのがせいぜいでしょう。

関係者が多くなればなるほど、隱蔽はできなくなる。
マスコミが、関係者にインタビューして隠蔽をすっぱ抜いた ということも起きていません。

ただ、社会的な影響を考慮して、政治的判断として発表のタイミングを控えるということはあるかもしれませんね。
退避区域の設定などで、このような政治的判断が下されたのではないかとも思いますが、いずれにしても、それは隠蔽ということとは違うように思います。

ただ、退避区域の問題にしろ、野菜の汚染と出荷停止の問題にしろ、ちょっと言い方がまずかったかな?
という印象はありますが、私としては、概ね政府の発表は信用していいのではないかと思っています。


ただ・・発表のタイミングは・・・??


昨日、枝野官房長官は、メルトダウンの可能性は否定出来ない と述べました。


ちょっと・・・胸騒ぎがしています。


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2011年3月30日 (水)

信じられるか?

反応炉(圧力容器)内の水が漏れ出していることは、タービン建屋などで見つかった水からヨウ素131が見つかったことで明らかになりました。

ヨウ素131は半減期が8日と寿命の短い核種ですので、数カ月以上も前に使用済みとなった燃料内にはほとんど含まれていないはずで、つまりは反応炉の中から漏出したものでしかあり得ません。

つまり、反応炉→格納容器→タービン建家やトレンチ へと至る漏水路が出現したことになり、反応炉に注水をする限り、漏水が発生し続けるという厄介なこととなりました。

しかし、注水をやめることはできません。

注水で反応炉内の温度を下げるのは火急の要請で、これができないと炉内が空焚きとなり、最悪の場合再臨界となって核反応が再開し、暴走する恐れもある悪夢のシナリオとなっていきます。
なので、炉内注水をやめることは絶対にできず、しかし、注水をすれば放射能を持った水が流れ出すという大きなジレンマを抱えることとなっています。

昨日は原発敷地内の土壌からプルトニウムが検出されて騒ぎとなりましたが、驚くには値しません。
反応炉内から、水蒸気や漏水の形で放射性物質が放出されていますので、今まで発見されなかったことが不思議なくらいです。

これについては未検証ながらウラ話があります。
一昨日のことですが、東電がプルトニウムが検出できる計測器を持っていなかった、あるいは使っていなかったことがジャーナリストの指摘で暴露され、それがUstreamに流れるという出来事がありました。

プルトニウム検出の報はこの出来事の翌日のことでありますので、状況を素直に見ると、どうやらこの話は本当のことのようですね。

でも、まあ、この期に及んでは、この程度のことは取るに足らない問題なのかもしれません(溜息)


原発状況については、東電や政府などが情報を隠蔽しているとか、あるいは捏造しているなどという陰謀論があちこちで指摘されています。

真偽はもちろんわかりません。
特に、原発内で起こっていることや、原発内の放射線濃度などについては、そのソースは東電などのものしかデータがないので、いかんとも判断しがたいことだと思います。

しかし、数日前のことですが、東電が発見された核種の種類を誤って発表するといった珍事がありました。
誤りのデータは反応炉内で再臨界が起こったことを示唆するようなものであり、これが事実ならば極めて深刻な事態になっていることを証明することになります。

陰謀説を取るならば真っ先に隠蔽しなければならないような情報であるはずで、これを誤ったまま出してしまったということは、その影響度などを考慮する冷静さを欠いていたことの証左となるように思います。

一般に、データを隠蔽したり捏造したりすることは、そのデータを解析する以上の労力が必要です。
一つのデータを捏造すると、必ず次から次へと矛盾のほころびができてくるのが常ですので、捏造などに際しては全体を俯瞰しながら矛盾点が現出しないようにするという細心の注意と配慮が必要で、言うなば全智を尽くした悪知恵を働かせなければなりません。

ところが、この珍事です。
データ解析を誤り、また、その誤ったデータがとんでもない混乱を引き起こす爆弾となることについてのいささかの配慮もなく発表してしまったということは、悪知恵を働かすどころか、冷静な判断をすることすらままならない内部の混乱が見えてくるようです。

このような状況を見ると、東電側の発表にはウソはほとんど含まれていないのでないか・・
大部分はありのまま正直に発表している・・
と、私見ながら思っています。

陰謀説はセンセーショナルですし、話としては俄然面白くなるのですが、陰謀説を取るならば状況はいくらでも作り上げることができ、それが逆に混乱を引き起こすことにもつながっていきます。
東電が信用できないと決めつけ、安易に陰謀説に肩入れすることは状況をますます悪化させることになりますし、また、もちろん炉内温度を下げることにも何も寄与しません。

伝える側を責めるならば、受け取る側もしっかりと自省をし、自らを律する必要がある。
常に言われているリテラシー(情報解析能力)が受け取る側に今本当に試されている と、思うのです。


続く


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2011年3月29日 (火)

原発 新たな状況について

原発は、新たな状況が判明するたび混迷の度を深めているようです。

傍目には膠着状態のように思え、爆発などの派手なイベントもなくなりましたので、エンターテーメント的要素を好むマスメディアでの取り扱いは以前に比べると減ってきているようですが、好転の見通しが厳しくなってきていることを考えると、事態は以前よりもむしろ悪くなってきていると言えるかもしれません。

テレビでの解説についても、状況が複雑になってきて手に余るのか、外観に触れるのみで、知りたいことは殆ど得ることはできません(困)

と、ぼやいていてもはじまらないので、現時点での状態を書いてみたいと思います。


緊急炉心冷却装置と、使用済み核燃料プールの冷却装置を駆動するために外部電源を引き入れ、とりあえず中央制御室までには電気が通りました。

しかし、上の装置を駆動するためには、タービン建屋内にあるポンプに電源を接続しなければならず、その配線作業をしていたときにタービン建屋内が放射能汚染されていることが分かりました。

床には水が溜り、非常に高い放射線が充満しているとのこと・・・

これでは作業ができず、まずはこの水を復水器というプールに戻さなければなりません。
その努力が続けられており、これも復水器が既にいっぱいになっていたりと困難が多々あるのですが、これ以外に、トレンチと呼ばれるトンネルの中にも多量の水が溜まっているのが新たに分かりました。

トレンチの詳細については省略しますが、これは高さ15メートルほどの立坑と横坑がつながったU字型の大きなトンネルとのことで、2号機についてはこの立坑がほとんど水没に近い状態になっているとのこと・・
推定で6000トンほどの水が溜まっており、しかも1000ミリシーベルト超/時の高い放射線量がある模様です。

1000超というのは、測定上限値が1000ミリシーベルトとのことらしく、これ以上は計測不能なのです。
大変なことです。

放っておくと、これが土中や海中に染み出す恐れがありますので、この水もどうにかして安全なプールへ排出しなければなりません。


問題は、この大量の水がどこから来たのか? ということですが、これは、現在行われている外部からの注水と散水がその源泉であることは疑いがないところです。


まず、反応炉(圧力容器)内に対しては、外部ポンプから16トン/時という水(最初は海水、今は真水)が注水されていますが、この大量の注水にもかかわらず、容器内の水量はあまり上がっていない模様です。

炉内が高温のため、すぐに水蒸気となってしまうのが大きな原因なのですが、これが炉内を高圧にしてしまいます。
このため、炉内圧力を抜くベントという作業を行わねばならず、この時に放射性物質を含んだ水蒸気が炉外へ放出されることになります。

また、人によっては、溶け出した高温の燃料が炉の底にたまり、底にある各種装置の接続部などを侵してここの封水を破り、ここから漏水しているのではないか・・とのこと。

さらに悲観的なことをいう人は、高温の溶融燃料が既に炉に穴をあけているのではないか? などと煽っています。

いずれにしても、炉内から大量の水が流れ出しているのは間違いがありません。


しかし、炉外にはもうひとつの防御壁である格納容器があります。
そのため、漏れ出した水は格納容器内に溜まるはずで、多分相当量が溜まっているのではないかと想像されるのですが、しかし、ここからも水は外へ滲み出し、これがタービン建屋やトレンチへ流れ込んでいるのではないか? と思われます。


もうひとつ、水の経路としては使用済み核燃料プールを冷やすために消防車などによって行われている散水もあります。
散水については、まさにむき出しのプールに放水していますので、これが建物外へ大量に流れ出しているのは容易に想像できます。

詳細はもちろんわかりませんが、これら二つの経路によって放射性物質を含んだ水が流れ出しているのは間違いないと思われます。


つづく

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2011年3月28日 (月)

自戒を込めて

原発の状況に進展はありません。

観測される数値は事態の深刻度を示唆し、現状把握を混沌とさせるものになっています。
不安定な綱渡りをしているように、体が右へ左へ傾くたびに、ひやりとするような思いを感じています。


以下、自戒を込めて・・

国難とも言えるこの状況に直面し、矢も盾もたまらず原発のことを調べ始めました。
すると、調べれば調べるほど、いかに自分が原発に対して無知で、また無関心であったのかということを思い知らされることとなりました。


3年ほど前、地元である九州電力のエネルギー館というところへ出かけたことがあります。
そこには玄海原発の模型があり、原子炉の構造や安全設計などについて分かりやすく解説をする趣向が施されていました。

私は以前は技術者の端くれとして禄を食んでいた身ですので、このようなプラントの設計思想についても人一倍の興味を持っており、一緒にいた家族をそっちのけでそれらの解説を熱心に聞いたものでした。

その時の感想として、実に良く考えられているなぁ と、感心した記憶があります。
これならば心配はない、と思いました。

当時から問題になっていた地球温暖化防止の方向性に照らしても、二酸化炭素を発生させない原発は時代の流れとして必然なのだろうと思い、問題となる核廃棄物についてはその危険性を感じながらも誰かが何とかしてくれるんだろうと思考停止をしてしまいました。

そのうち、真にクリーンな核融合原子炉ができるだろう・・
現在の核分裂原子炉は、その時までのつなぎとして必要悪のようなものだと考え、自身を納得させていました。

そして、ふんだんに電気を使い、原発がもたらす快楽を享受し、日常生活において原発のことは意識から消え去っていたのです。


なお、原発については政府や電力会社を主体とする推進派と、市民団体や大学教授、そして地元民などを母体とする反対派があることは承知していました。

推進派には、それにまつわる利権などが見え隠れする漠然とした不透明さや胡散臭さがあり、方や、反対派に対してはイデオロギーが先行する偽善臭のようなものを感じていました。

いわば、どっちもどっちで、両派の対立は数十年という歳月を重ねてどこまでも無意味で不毛なことに終始しており、傍観者としてはもうどうでもいいや・・的な諦観、というよりは無関心になっていったのだと思います。

自戒を込めて書いているのですが、しかし、どうでしょう?
想像するに、大多数の人は私と同じような立ち位置にいたのではないか? と思うのですが。


そこに、今回の事態です。

マスコミやネットなどでも激しい論争が巻き起こり、それらの中には政府や東電を舌鋒鋭く糾弾する論調も数多くあります。

しかし・・胸に手を当てて考えてみてください。
あなたは、この事態が起きるまで、原発のどのくらいを知っていたのでしょう?

40年以上に渡る日本の原発政策について、どのくらい真剣に考えていたのか?
今や、原発を設計できるメーカーは、世界の中でも東芝、日立、三菱重工の三社に限られており、地球温暖化防止という金科玉条を奉じて原発を世界に売り込んでいこうという国策とも言えるビジネスモデルが進行していたのをどれほどの人が知っていたのか?

もし無関心であったならば、政府や東電を批判するその先には、おそらく自分自身の姿がその延長線上に透けてくるはずで、それはまさに天に唾をすることにほかなりません。


しかし・・・
かと言って、一億総懺悔をするのもまた無意味なことです。

ここは各々が自戒をし、その反省に立脚して今後の善後策を建設的な立場から述べていくことが望まれています。

今後のエネルギー政策をどのようにするのか?
それは、今まで築いてきた生活様式を大転換することにもなる、抜本的な意識革命を強いられることになるようにも思います。

相当な痛みも伴うはず。


しかし、災い転じて福となす。
これが、世界に先駆けてエネルギー消費の一大革命となるように、日本がその先陣を切らなければなりません。

未来において、エネルギー革命が起こった起点として3.11が永久に記憶されるように、それを目指して日本全体が意識を新たにし、連帯することが求められているように思います。


それが、この震災でなくなった方たちに対する最大の弔意になるのではないでしょうか。

戦後、奇跡的な復興を成し遂げた日本です。
今回も、絶対に立ち上がる。

日本を ナメるなよ!!!


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2011年3月27日 (日)

不透明さは増すばかり

毎日猫の目的に変わる状況と、次々に明らかになる新事実に翻弄されています。
仕事の合間合間の情報収集ですので隔靴掻痒の感もあり、どうにももどかしい。

昨日も高レベルの放射線が検出されたことを書きましたが、それが全く黙殺されている不思議は未だ解決されていません。
今日のニュースで、件の飯舘村で原子力の専門家を呼んでの説明会があったとのこと・・
その専門家は「大丈夫です」との説明をしたらしく、住民も納得したとの報道でしたが、どのような説明がなされたのかについては全く報道は無し。 ううむ(-_-メ)


そして、さらに、原発ではタービン建屋内での被曝と、海水からの高レベル放射能の検出です。

いずれも、半減期8日の放射性ヨウ素が大量に検出されていますので、その源泉は数カ月前に使用済みになった保管プール内の燃料ではなく、反応炉内から排出されたのは素人が考えても疑いのないことです。

私見ながら、このことはある重大な事実を物語っているのではないかと考えています。

東電の説明で、今回の原発の事態は想定外との主張が繰り返されています。
何が想定外なのか? ということですが・・
確かに、地震に対して第一の安全装置である制御棒は正常に作動し、まずは核分裂を止めることには成功しました。

しかし、想定外の津波が第二以降の安全装置を軒並みダメにしてしまった・・
そのために、このような事態を招いてしまった という主張です。

免責を狙っているのか? という感情論はとりあえず横において冷静にこの事態を考えてみると、確かに東電の主張にはそれなりの理があるという思いがありました。

しかし、タービン建屋と、海水への漏出となると話は異なってきます。

特に、海水の放射線濃度は25日に突然上がっていますので、これは重なる余震により配管が損傷し、本来は絶縁されているはずの反応炉循環水路と、海に接する熱交換水路が損傷部分でつながり、そこから放射性物質が海に漏出してしまったと見るのが自然です。

となると、つまりは福島原発プラントは、地震に対しても耐性がなかったことになります。
地震加速度が想定外であったことは聞いていませんので、まさに想定内の震災でプラントの脆弱性が証明されたことになるのではないか?

もはや、想定外との主張は出来なくなるはず。

私見ながら、この事実はとても重く、今後の展開を大きく左右するイベントになるのではないかと思ってます。


ちなみに・・・
想定外の津波との主張についても、その不透明さを告発する意見があります。

自民党衆議院議員、河野太郎氏です。
これは、直接氏のブログをご覧いただくほうが良いでしょう。

興味のある方は、下記ご参照ください。

 原子力をめぐる不透明さ

今回はちょっと批判的な記載となってしまいました。
批判は本意ではないのですが、現場で命をかけている人々に対比して、東電本社や原子力委員会の会見を聞いていると、どうしても事態の深刻度に対する不誠実さを感じてしまいます。

おそらくは、東電幹部、および、原理力委員会には原子力プラントを知るプロフェッショナルがいないのではないか?
観測結果を伝えるだけで、状況の把握や今後の見通しについての定見を持たない会見がどれほど人心を不安にし、いらぬ憶測や猜疑心を呼び起こしているかということを今一度考えてほしいと思います。


原発の深刻な状況は変わらず、いや、むしろ電源が引きこまれたことによって暗闇であったところに薄ぼんやりと光がともり、その光のもとで新たな事実が分かってくるに従って事態はさらに混沌としてきた・・という嫌な雰囲気になってきました。

一時も目が離せない。
祈るような思いは変わりません。


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2011年3月26日 (土)

爆弾発言?

原発での被爆について書こうと思っていたのですが、いまNHKを見ていたら、パネリストの孫正義さんが気になることを言ってました。

原発から40キロ地点の飯舘村で、チェルノブイリの6倍近い放射線強度が観測されたとのこと。
番組では簡単にスルーされていたが、これ、超爆弾発言ではないのか??

だって、NHKのラジオも、テレビも、今日一日全くそのような話題はなかったぞ。

まさか・・・??
と思い調べてみました。

すると・・・(驚)
本当でした。

参照したサイトは文部科学省が随時発表している、土壌汚染度と空間線量率の調査結果ですから、つまりは一次資料で、これ以上の信ぴょう性はないと言えます。

 http://www.mext.go.jp/a_menu/saigaijohou/syousai/1304006.htm

この資料内に、確かに記載されています。
 
 3月20日 12時40分

  ヨウ素131     254万ベクレル/kg
  セシウム137   265万ベクレル/kg

 雑草のサンプルだそうです。


この数値にも驚かされますが、さらに奇異に感じることは、同じ村から採取されたブロッコリーでは・・

 ヨウ素131    1万7千ベクレル/kg
 セシウム137   1万3900ベクレル/kg

程度の量であり、二桁も数値が異なります。

訳がわからないままあれこれ当たってみたところ、どうも、農作物の数値に関しては、水洗い後に計測をしたものらしいですね。
つまりは、水洗いをすることで二桁も数値が下がるということなのでしょう。

その説明って・・あったかなぁ??


話を戻して・・・

250万ベクレルを越える値は異常値です。
あの、チェルノブイリのメルトダウンの時に、55万ベクレルを超えた土地の住人は強制移住となったといいますから、それを一つの物差しとすると、その数倍の土壌汚染は危機的な状況にあるようにも思うのですが・・

しかも、飯舘村は原発から40キロの地点で、退避区域外です。
もちろん、汚染は単純な同心円状に広がるはずもなく、風向きや地形の影響をかなり受けるでしょう。

であるならば、より極め細やかな観測と、それに応じた退避計画を立案することが急務となるはず。
文科省はこのデータをどのように解釈しているのか?
農産物は厚労省の管轄だから・・それとも農水省なのか・・縦割りで情報が回ってないのか?

どうして、これがトップニュースにならないのかな?
マスコミさん、どうして?

それとも、私がなにか勘違いをしているのか???

詳しい方、コメントをいただければ幸いです。

これ以外にもつじつまの合わない妙なことが色々とあるのですが・・・

続きは明日

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2011年3月25日 (金)

放射線のことが知りたい3

最近は、原発&放射線マニアになったような感じがします ^_^;

昨日の続きですが・・・
あれこれ調べてみると、大気中を飛んでくる放射性物質からの被曝、いわゆる外部被曝についてはそれほど心配はなく、半径20キロの退避と、30キロの屋内退避は数値的に妥当だろうというのが専門家の間でもほぼ共通の認識のようです。

ところが、もう一つ問題があります。
一昨日より俄然問題のトップとなった、内部被曝です。

葉物野菜から〇〇ベクレルが検出された・・と思ったら、
次には、なんと飲料水からも放射性ヨウ素が乳児の暫定基準値を越える値で検出されました。

都内は、ペットボトルを買い求める人でパニックに近い状態になっているとの報道もあります。


確かに、内部被曝は問題です。
外部被曝であれば、昨日の記事のように、服や屋内に居ることでかなりシャットアウトできますし、体についてもシャワーなどで洗い流してしまえば問題はありません。

ところが、体内に入ってしまうと減衰距離はゼロですので、もろに被曝をすることとなります。

しかも、厄介なことにヨウ素は甲状腺に集まるという性質があるそうです。
こうなると、体内に入ったヨウ素が少しずつ甲状腺に累積され、そこでベータ線を発し続けます。
(まあ、半減期8日ですので、その減衰分は考慮しなければなりませんが・・・)

ベータ線の放射距離は体内では数ミリ程度。
そう、まさに甲状腺をピンポイントで狙うことになってしまうのです。

実際に、チェルノブイリの事故後に、風向きによって西北に放射性ヨウ素が大量に飛び、そこで多数の女児に被曝障害(甲状腺癌など)が出たという事実があります (幼年、女性で顕著なのだそうです)

決して穏やかではありません。


そこで、定性的にはこの通りだが、定量的にどうなのか?
というのが、この問題を取り扱う上での唯一の指標となってきます。

平たく言えば、どれくらいの放射線量であれば問題ないのか? ということです。

これも昨日から言われていることですが、放射性ヨウ素の暫定基準値は、大人で300ベクレル/リットル 乳児で100ベクレル/リットル ということだそうです。
それに対して、水道水から検出された量は 210ベクレル。

大人は大丈夫だが、乳児はダメ ということになります。
大騒ぎになるはずです。


こうなると、次の問題は暫定基準値が妥当であるのか? ということシフトします。


調べてみました。

すると、幽霊の正体見たり枯れ尾花 的なことなのですね、これが。

そもそも、どうして”暫定”なのでしょうか?
これは、裏返せば確定基準値がないからということなのです。

放射線の体への影響については、専門家の間でも相当に見解が異なるようで、誰しもが納得出来る確定基準値を設けることができないようなのです。

確かに、分かる気がします。
このような解析は、工学の分野では信頼性工学などの範疇に入りますが、ここでの基礎は確率密度関数を見つけることにつきます。

確率密度関数? と言われても分かりにくいことと思いますが・・
例えば(あまり好ましい例えではありませんが) 癌が発覚し、余命どれくらいと医者が告げるとき、その根拠は過去のどれくらいの患者がどれくらいの余命を保ったかという分布に基づいて判断されます。

この分布は、余命の確率を表すグラフのようなもので、これが確率密度関数と呼ばれています。

この分野にあっては、確率密度関数がすべての基礎となっており、同時に、確率密度関数を見つけ出すことが研究の最大のテーマでもあるのです。

しかし、確率密度関数を確定することは容易ではありません。
特に、放射能の被曝のような問題であれば、気象条件などの様々が外乱が入りますので、これらのノイズを取り除いて、目的のものだけを取り出すのは容易な作業ではないことは想像できます。

また、確率である以上、大丈夫か大丈夫でないか、とか、危険か危険ではないか、などということは白か黒かの二者択一ではなく、あくまでも確率でしか語ることができません。

なので、0.1%ならば大丈夫としましょう 
いやいや、0.01パーセントとするべきだ などの議論が百出していることは想像できます。
もともと確率しかないところに強引に基準線を引くというのは、対象がモノであればまたいろいろな方法がありますが、人命の場合は容易なことではありません・

さらに・・・と書いていくと、だんだん訳がわからないマニアックな領域に入ってしまいますので やめます。


ともあれ、日本の暫定基準値は、国際放射線保護委員会などの勧告を元として、様々の議論のうちから最も安全側にある数値をとりあえず抜き出し、それを文字通り、暫定として日本の基準としている というだけのことのようです。

つまりは、誰も真剣に放射線被害のことを考えていなかったということなのでしょうね(言い過ぎか?)

しかしながら、暫定であっても基準値は基準値。
出荷制限もやむなし・・ということでの決着を見るしかない・・ なんとも力が抜けるような無力感を感じます。

生産農家の方にかける言葉も浮かびません・・・


余談として・・・
水道の放射能汚染に怯えている、乳児のいる親御様へ・・

未検証ながら、面白い解析をしている記述を見つけました。

210ベクレルの水をコップ一杯飲んだ時の放射線量は・・
切干大根30グラム、あるいは、ひじき20グラムと同じとのこと。

つまり、我々はこれらに含まれるカリウム40からしょっちゅう放射線を浴びているのです。


余談ついでに・・・
日本にあるラドン温泉で、もっとも高い放射線量は なんと2400ベクレルを越えるとのこと・・

水が危険ならば、温泉場は死の場所ということになりそうです。


続きは明日 かな?
だんだん疲れてきました ^_^;

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2011年3月23日 (水)

放射線のことが知りたい2

新聞に、毎日各地の放射線量が掲載されています。
これは、モニタリングポストと呼ばれる計測器を使って、空気中の放射線量を計測したものです。

単位は、シーベルト毎時 
つまり、一時間あたりの放射線量ということになります。

例えば、一昨日、某市で観測された放射線量は 7.1マイクロシーベルト毎時 でした。
問題は、この数値が安全か? 危険か? ということです。


この判断をするためによく使われているのが、人が年間に自然に浴びている放射線の量や、レントゲン、CT、あるいは東京からニューヨークへ飛行機で飛んだ時の放射線量などとの比較です。
これらと比較しても今飛散している放射線は極めて低いので、安心してください・・と連日言われていますよね。


できるだけ分かりやすくするための比較なのでしょうが、どうも、皮肉なことにこれが混乱を引き起こす元凶になっているようです。

と言うのも、
観測されている放射線量は 一時間あたりの量で・・
比較となっているのは 年間の量ではないか・・ 

比較となっているのは、人が年間に浴びる量であり、また、レントゲンなんかも年にせいぜい数度のこと・・
つまり、比較とされているのは年間尺度で、それを時間尺度と比べるのはナンセンスという主張です。

なるほど、これはもっともなことです。

なので、比較のためには時間尺度を年間へ変換しなければならない。
つまり、一時間あたり7.1マイクロシーベルトならば、これを年間換算するには 24時間×365日をかけなければならない という考え方です。

確かに、そのとおりです。

電卓があれば誰でも計算できますので、私もやってみました。
すると、なんと年間自然被曝の26倍というとんでもない高い値となり、これは安全どころか危険極まりない数値となるのです。

これが、大騒ぎのもととなっており、危険性を主張する人は総じてこのロジックでその危険性を声高に叫んでいます。
この危険性を隠すために、政府はわざと年間尺度を持ち出して問題をみえにくくしているのだ と。


一見最もらしく思えるこの主張、果たしてどうなのでしょうか?
危険性を隠すためにしては、小学生にも見破られるようなお粗末な話のようにも思えますが・・?


調べてみました。
すると、問題はそれほど単純なものではないことがすこしずつ分かってきました。


放射性物質は、空気中の塵などにひっついて、大気の中をゆらゆらと風に乗って漂ってきます。
これがモニタリングポストのところまで漂ってきて、〇〇シーベルト毎時 と観測されるわけです。

そして、このモニタリングポストの横に人間がいると、この数値で被爆することになります。
ただ、ここで良く考えなければならないのは、これは放射性物質が体に直接付いた場合の被爆量であるということです。

裸で外を歩く人はいませんよね。
人は皆服を着ています、なので、放射性物質は服にあたることになります。

今問題になっている放射性物質はヨウ素131で、これはベータ線という放射線を出しますが、この到達距離は極めて短く、1~10センチほどであるということです。

であれば、服の表面から皮膚へ至る数センチの間で、放射線量は急激に減少します。
距離の二乗に反比例しますので、ちょっと計算してみると、数分の一から、数百分の一以下まで減衰するという結果となります。

つまり、服を着るということがかなり有効な防御壁となるのです。

また、家の中に居れば、到達距離の短いベータ線はほぼ完全にシャットアウトできます。


さらに、ベータ線(電子線)は電荷を持っているため、水に接すると急激に減速します。
このため、放射性物質が皮膚に直接付いた場合でも、人間の細胞の70%は水ですので、ベータ線は皮膚下2ミリ程度でストップし、それより内部に入ることはないということらしいです。

なので、もちろん内臓への影響はありませんし、皮膚への問題については観測されたくらいの数値であれば問題はないとの結論が一般的です。


また、反対派の方々の主張の根拠は、時間あたりの放射線量を積み上げていくと年間では危険な数値になる・・ということですが、これはある大事なことを見落としています。

時間あたりの放射線量はマイクロ単位でたいへん小さなものです。
たとえこれでDNAが傷ついたとしても、DNAには自己修復機能がありますので、これが働いて常に正常な状態に戻しているとのこと(某大学 放射線科の見解)

つまり、放射線量が極めて弱い環境下にあってはDNAの自己修復機能が働くため、単純な積み上げ算で危険性の評価はできないということです。

世界にも数少ない原発事故で、また放射線の人体への影響という大変複雑でデリケートな問題を扱うに際しては、物理学、工学、生物学、医学などの角度から多面的なアプローチをする誠実な学究的姿勢が求められるように思います。

それに照らしたとき、反対派の主張する積み上げ危険論は、論理として若干粗雑であるという印象を拭うことができません。


それにしても・・
我々のDNAは、生存のためにあらゆる外乱に対して気の遠くなるような時間をかけて防御体制を築きあげてきました。
生命とはなんと偉大なものか と、これを調べながら改めて感心した次第です。


なお、なんども繰り返しますが、これはド素人が仕事の合間合間にあれこれ斜め読みしたものをまとめたものです。
話半分に聞いてくださいね。 そこんとこ、お願いします。


続きは明日

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2011年3月22日 (火)

放射線のことが知りたい

さて、今から、今一番話題になっている放射線のことを書こうと思っているのですが、キーボードをたたきながらどうやって進めようかと悩んでいます。

と言うのも、この放射線、テレビやラジオで何度聞いてもよく分かりません。
いろいろな説明のあとに必ず、現在の数値では人体への影響はありません、と締めくくられるのですが、どうも今一つ納得がいかない。

方や、ネットを覗いてみると、ここぞとばかりに反原発の方々があちこちで危険性を叫んでいます。
曰く、政府の発表はウソばかり、NHKは御用学者を使って政府のプロパガンダをしている・・という具合です。

もう、いったい何が正しいのか?

そんなこんなで右往左往したり、大丈夫と言われてもなんとなく気持ち悪いよね と感じている人が大多数だと思います。


そこで、私なりにいろいろ調べてみました・・
とは言え、職業木工人ですので仕事優先なのは当然のこと・・ 休み時間のコーヒータイムを利用してちょこちょこと仕入れた情報を頼りに放射線についてまとめてみるという無謀に挑戦してみたいと思います。


まずはシーベルトから。

すっかりおなじみになったシーベルトという単位、これ、一体なんでしょうか?
放射線の強度だろうと思っている人が多いと思いますが(私もそうでした) それは必ずしも間違いではないのですが、ちょっと異なっています。

一口に放射線と言っても、いろいろな種類があります。
α線、β線、γ線、中性子線、X線  などなど・・

これらの放射線は、それぞれが同じ強度であったとしても、人体へ与える影響は放射線毎に異なります。
また、もうちょっと細かく言えば、人体の臓器ごとにも影響度は異なるのです。

このため、それぞれの放射線が及ぼす各臓器への影響度を係数化して、それに放射線の強度をかけ合わせて指標を決めました。
これを等価線量と呼びます。

そして、各臓器ごとのこれら等価線量の和をとると、それが人体全体への影響度を示す数値となります。
これが実効線量で、この単位をシーベルトと呼ぶのです。


なので、平たく言うと、シーベルトというのは放射線群が人体へ及ぼす影響を数値化したもの となります。

もちろん、数値が高いほうが影響度が大きい のは言うまでもありません。

さて、ここのところ、新聞に毎日各地のシーベルト値が掲載されています。
今手元の新聞を広げてみると、今日のシーベルト最高値は7.1マイクロシーベルト(某市)です。

では、この数値をどのように解釈したらよいのでしょうか?
安心なのか? 危険なのか?


続きは明日


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2011年3月21日 (月)

原発はどうなるのか5

続きを書きます。

私なりに原発のことをまとめてきましたが、できるだけ客観的に、できるだけ正確にと考えるあまり、文体が技術論文のようなものになってしまって、逆に分かりにくいことになったかもしれないと反省しています。

その反省をもとに、えいやっという感じで、できるだけ分かりやすくまとめることに挑戦してみます。


今原発で何が起きているのか? ということについて、大きな問題が二つあります。

・ひとつは、原子炉の中で起きていること
・もうひとつは、原子炉の外で起きていること  です。

そして

・原子炉の中で起きていることは、使用中の核燃料から発生する放射性物質の問題で・・
・原子炉の外で起きていることは、使用済み核燃料から発生する放射性物質の問題です。

つまり、原子炉内も、原子炉外も、問題となる放射性物質が発生するという点において、問題の本質においては全く同じということになります。


この問題を解決するために必要なことはたったひとつしかありません。
冷やすことです。


このため・・
原子炉の中を冷やすことと、原子炉の外を冷やすことが同時に行われています。

原子炉の中を冷やすために、ポンプ車などで海水を原子炉の中に注入するという作業が行われており、原子炉の外を冷やすために、自衛隊や消防などによって海水の散布が行われています。


とにかく、全力を上げて原子炉の中と外を冷やす・・という作業が行われているのです。


そして、希望の光として、外部から電源を引き込むという作業が行われています。
電源が確保出来れば、原発に備わっている安全装置を起動することができます。

この安全装置は、原子炉の中と原子炉の外を同時に冷却することができますので、これが正常に作動すれば問題は劇的に改善し、有害となる放射性物質の飛散もなくなるはずです。


これが、今原発で起こっていることです。
今は、祈るような気持ちで安全装置が起動することをを願っています。

ところで、今マスコミなどが問題にしているのは、放射性物質の飛散についてです。
毎日、シーベルトだの、マイクロシーベルトだの、ミリシーベルトだの・・・
頭が痛くなっているところに加えて、今度はグレイだの、ベクレルだの 新しい単位が次々と出てきて、全く訳がわからん というのが大勢の率直な感想ではないかと思います。


このため、専門家と称する人から一般の人に至るまで、いろいろな人がいろいろなことを言っています。
これが、混乱に拍車をかけているようでもありますね。

これら両極端の見解として、穏健派代表である政府は大丈夫と言っており、方や反原発ジャーナリストなどは極めて危険な状態であるなんてことを最もらしく主張しています。


いったい、どちらが正しいのでしょうか????

これについて、私なりに色々と調べてみましたが、どちらが正しいのかという判断は極めて難しいというのが率直な感想です。
と言うのも、安全か危険かということを決める要因があまりにもたくさんあっって、これら要因がどのように推移するかでその深刻度は大きく異なってくるからです。

これをどのようにまとめたらよいのか?
このブログを書きながら、迷いに迷っています。


ちょっと時間をくださいませ・・

というわけで、続きは明日。


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2011年3月20日 (日)

原発はどうなるのか4

続きを書きます。

原子炉内部の問題に右往左往している背後で、もうひとつの問題が進行していました。
使用済み核燃料です。

使用済みとなった燃料は、原子炉(反応炉)から取り出され、建屋内の別の場所に保管されます。
しかし、この燃料は使用済みとはいえ、しばらくの間は熱(崩壊熱)を発し続けるため、常に冷却をしておかねばなりません。

このため、建屋内のプールの中で、水に沈められて保管されています。
水はポンプによって熱交換器に送れられて冷却され、循環し、常に一定の温度を保つようになっています。

しかし、停電によって、この冷却システムが停止しました。
その結果・・・


・冷却プールの水が徐々に加熱される

冷却システムが停止、水の循環が止まってしまったため、燃料からの発熱によって徐々に水温が上昇する


・水位が低下

水温の上昇によって、冷却水が徐々に蒸発
水位が低下する


・核燃料が空気中に露出

水位が下がり、核燃料が空気中に露出したのではないかと推定される
そう考える根拠は以下の通り・・

原発4号炉
この炉はメンテナンスのため休止中であった
しかし、保管プールには使用済み核燃料が保管されていた

そして、この4号炉の建屋が火事になる
休止中なのに・・なぜ??

このメカニズムは以下の通り

 ・プール内で使用済み核燃料が露出
 ・温度が上昇
 ・立ち上る蒸気と、核燃料被覆(ジルコニウム)が反応
 ・水素が発生
 ・これが何らかの原因で引火
 ・火災に至る

つまり、火災が発生したことが、使用済み核燃料の大気露出を推定する傍証となるのである


・大気露出の問題点

ここからは話が少々複雑になる・・・スンマセン

そもそも核燃料とは、ウランなどを固めて陶器のようなカチカチの状態にしたものである
そして、この陶器の表面が様々な核反応生成物(放射性物質)を閉じ込めておく第一の防御壁となる

次に、この陶器状の核燃料は、ジルコニウムの被覆で覆われる
これが、第二の防御壁である。

マスコミが使用済み核燃料と言っているのは、上述のように、ジルコニウムの被覆で覆われた陶器状の核燃料のこと・・
ここをまず押さえておきたい

これを踏まえて、核燃料の生涯をたどっていく・・・

核燃料は、作られた初期の段階ではさほど恐ろしいものではない
手に持ってもさほど問題ないシロモノらしい

ところが、これが原子炉内に挿入され、核分裂反応を引き起こすと、燃料内部に反応で生成された物質が溜まっていく
これが放射性物質と呼ばれるもので、さまざまな放射線を発し、人体へ影響をおよぼすこととなる


しかし、燃料が陶器状を保ち、ジルコニウムの被覆が健全であればさほど恐れることはない
放射性物質は陶器内に閉じこめられた状態となり、ジルコニウムの被覆がさらなる防御壁となって、大気中に拡散することはない

しかし、プールの水位が下がり、冷却がきかなくなって、燃料表面の温度が上がり始めると厄介なことになる


・ジルコニウム被覆の破損

ここからの推移は、前々回のエントリーで書いたのとほぼ同じであるが・・
温度が上がり続けても、1200度以下であれば大気中への影響は殆ど無い

しかし、1200度で水素が発生 ←建屋火災の原因
そして、1800度でジルコニウム被覆が溶解する
つまり、第二の防御壁がなくなることとなり、少々厄介なこととなっていく

放射性物質の中でも、気体の状態でキセノン、クリプトン、ラドンなどが大気中に飛散するが、これはさほど恐れるレベルではない

しかし、温度が3000度を超え始めると、核燃料の陶器が崩れはじめ、第一の防御壁がなくなる
ここに至って内部に閉じ込められていた核生成物であるヨウ素(半減期8日) セシウム(30年) ストロンチウム(30年) プルトニウム(24100年)などが放出されうことになり、事態は深刻になっていく


・今どうなっているのか?

建屋火災があったという状況証拠から推察するに、1200度を超えていたのは確かだと思うが、致命的な状態となる3000度超となったかどうかは不明
これについては、全くアナウンスがない

検出されていないのか、大本営発表なのか?

しかし、楽観論かもしれないが・・・使用済み核燃料である。
これが、3000度を越えるほどの発熱をするパワーを秘めているとは思えないのだが・・(素人意見)

もし、プルトニウムなんてものが発見されていたのなら、さすがにこれを隠蔽することはできないだろうと考えるのだが、いかがだろうか?????

まあ、このへんは憶測なので、軽く流してもらいたい(^_^;

・対策として

対策は一つ・・・ 冷やすしかない

ということで、連日報道されているのは周知のとおり
ヘリからの空中散布、機動隊や自衛隊の放水車

そして、昨日は東京消防庁の放水がなされた。

放射線のレベルは下がったようで、とりあえず・・一息ついているというのが現状であろう。

続きは、明日・・・は無理かな?


昨日、東京消防庁の会見を見ました。
地震当日、11日は都内で51件の火災があり、消火に専念。

しかし、12日からは原発への出動要請があることを想定して、様々な戦略を練っていたとのことです。

その結果、素晴らしい手際で、素晴らしい成果を上げてくれました。
高レベルの放射線下での決死の働き。

プロ中のプロ・・ 
会見を見ながら、感動して泣けてきました。

名もなきヒーロー達。
本当に、本当に、ありがとうございます。


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2011年3月19日 (土)

原発はどうなるのか3

昨日の続きです。

・反応炉内部への水注入

とにかく、反応炉内の温度を下げなければならない
そのため、消防車などの外部ポンプを利用し反応炉内に水を注入するも、内圧が高くてうまく入らず

そこで内圧を下げるために、反応炉のバルブを開け水蒸気や水素を逃がすベントという作業を実施
ベントにより、放射性物質を含んだ水蒸気や水素が外へ出てくるが、反応炉保護のためにはやむなしとの判断

逃し過ぎると放射性物質の飛散量が多くなり、逃しが足りないと冷却水が入らないという究極の選択とバランス
これを停電中の暗闇のなかで、高レベルの放射線が飛散している環境下で手動で行っている方々の労苦と恐怖は計り知れない

ともかくもバランスをとりながら、現在も水(海水?)を注入中(のはず)
これについては、全く報道がされなくなった
喉元過ぎれば・・というマスコミの悪い癖?


・格納容器内への海水注入

さらに、冷却をより万全のものにするために反応炉の外側を覆っている格納容器へ海水を注入することを決断
反応炉、格納容器共に水で満たしてしまおうという考え方

格納容器は容器という名前が付いているが、実は高さ40メートルほどもある巨大なもので、容器というよりはちょっとしたビル程の大きさ
ここを水で満たすためには、無尽蔵にある海水を使うしかない
ただし、鋼鉄製の容器を海水で満たせば腐食などの影響でその後の復旧は困難

ここで、東電は廃炉とする決断をした
この廃炉の決断が鈍ったために対応が遅れたという指摘もあるが、真偽は?

ところで、これについてもその後の報道がされていないが、格納容器への海水注入は果たして行われているのか?

実は、これが行われているか否かが、今後の推移が楽観的になるか、悲観的になるかの分かれ道になる実に重大な問題
マスコミ、しっかり報道しろ!


・格納容器の耐水圧は?

以下は、海水注入がなされているという前提で進める

高さ40メートルの格納容器に海水を満たせば、その底部には大変な水圧がかかる
水圧如何によっては、格納容器を破壊するということにもなりかねない

人によって、容器の耐水圧と水圧との比は1:1だという人もいるし、7:4だなどという人もいて、これについてはよく分からないが、ともかくも格納容器が持ってくれることを祈るばかりである


・行き着く先は?

反応炉の冷却がうまくいかず、内部の温度が上がり続けると燃料棒の溶解(炉心溶解)がさらに進み、また、水蒸気による圧力もさらに高まる

高温高圧下でもっとも恐ろしいのは、これによって再臨界となり、今停止している核分裂反応が再び始まって暴走することである
臨界を超えた核分裂は急激に反応が進み、爆発的なエネルギーが水蒸気圧を極限まで高め、反応炉を吹き飛ばす

これが水蒸気爆発で、その破壊エネルギーは建屋を吹き飛ばした水素爆発よりも遥かに大きい

この時、吹き飛んだ反応炉の外側にある格納容器がその後の運命を左右する

格納容器に海水が満たされていれば、それが爆発を吸収するクッションとなる
また、反応炉が爆発したことによって温度圧力が共に急速に低下し、さらに海水に添加されるホウ酸の効果も相まって核分裂反応は停止

飛び散った核燃料(放射性物質)は、格納容器内に閉じ込められて事態は収束する


一方、格納容器内に海水が満たされていなければ、水蒸気爆発は反応炉と格納容器をも同時に吹き飛ばす大爆発を引き起こし、放射性物質を大気に撒き散らす最悪の結果となる

チェルノブイリの再現である


ここまで書いてきましたが、実は最後に行き着く先がどのようになるのかということについては、これら以外にも色々なモデルが想定されています

最も悲観的なモデルはあまりにも恐ろしくて書くのがためらわれるほどであり、これがどの程度の信ぴょう性があるかも分からないので、いらぬ風評を広げぬためにも書くのをやめました。

ところで、圧力容器内の炉心溶解などの問題に右往左往している間に新たな問題が生じてきました。

使用済み核燃料の問題です。

明日書きます。

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2011年3月18日 (金)

原発はどうなるのか2

原発で何が起こっているのか?
テレビやラジオでは埒があかないので、仕事の合間合間にネットで検索し、私なりに情報を集めてみました。

調べてみると、専門家・権威と呼ばれるような人から、一般の技術者までいろいろな人がいろいろなことを書いているのが分かりました。
詳細に見る時間はなく、斜め読み程度しかしていないのですが、そのいずれも言うことは微妙に、あるいは大いに異なっています。

これは、そのひとの言説が信用するに価するかという事に加えて、いずれも傍観者という立場での解析でしかなく、いわば仮説の状態なので致し方ないことではあります。

なので、それらのなかからイデオロギー的な匂いのするものを省き、中立と思われる人々の説のなかで最大公約数的なところを私なりにまとめてみました。

できるだけ時系列に沿って書いてみますが、予めお断りしておきたいのはドシロウトのまとめですので、話半分くらいに聞いていただきますようお願いします(←ここ大事)


・地震発生


・緊急停止装置が作動

反応炉(圧力容器)の中に制御棒が挿入され、核分裂反応停止
ここまでは想定通り

しかし、次からが想定を越えることとなっていく


・電源系統が全てアウトとなる

原発の電源は、原発で発電した電力を分配して使用している
原発が停止したため、当然電力も送られない

非常用として、ディーゼル発電機が2機備えられているが、いずれも作動せず
津波の影響を受けた模様

津波に対しては、過去のデータをもとに7メートルまでの防波堤が備えられていたが、今回の津波はその倍の14メートル
ディーゼル発電機は塩びたしとなり機能停止したと思われる

なお、外部から電源を供給するという手もあるが、送信元の変電所が地震で倒壊したか、あるいは原発内への引きこみ部分が海水でやられたか、
いずれにしても外部からの供給もダメ

残るは蓄電池、しかし8時間しか持たない


・反応炉内の温度が上がり始める

核分裂反応は停止したが、やっかいなことに核燃料は焚き火の熾のように熱を発し続ける(崩壊熱という)
なので、これを冷やさなばならない

この安全装置として、緊急冷却装置が備えられている
これは反応炉上の弁を開き、ここからホウ酸(核分裂を止める効果がある)を含んだ水を反応炉内に投下、及び循環する仕組み

だが、電源がないので装置が作動しない

冷却できず、反応炉内の温度が上がり始める


・反応炉内の水位が低下、空焚き

反応炉内が高温となり、内部の水が蒸発
通常、核燃料は反応炉内で水に漬かっているのだが、蒸発によって水位が下がったため核燃料がむき出しの状態、いわゆる空焚きの状態となる

    
・反応炉内で水素が発生、炉心溶融
  
核燃料が空焚され、高温の状態(1200度以上)となると、核燃料の被覆(ジルコニウム)と水蒸気が反応し、水素が発生する

そしてこの反応と高温の影響で、ジルコニウム被覆の強度が低下し、内部から核燃料が露出してくる
炉心溶融(メルトダウン)である


一方、水蒸気発生は反応炉内部の圧力を上昇させる
このため、反応炉保護のための圧力逃がし弁(安全弁)が開き、水蒸気と水素を反応炉外部へと逃がす

  
・格納容器内に水蒸気が充満
 
反応炉の外は、第二の殻である格納容器で囲まれている。
なので、反応炉から逃がされた水蒸気と水素は、次には格納容器内に充満することとなる

さらに格納容器の外へ水蒸気を逃さなければならない
そのためには、弁を開かねばならないが、電源が落ちているので開くことができない

このため、人が弁までたどり着き、手動で開く
 (決死隊と言える、本当に頭が下がります・・・)

  

・建屋上部に水素が充満 そして爆発

決死の弁開放によって水蒸気を逃がして格納容器の中の減圧には成功(したらしい)
が、この水蒸気は放射性物質を含んでおり、ここで初めて放射性物質が大気中へ放出されたこととなる

一方、もうひとつの生成物である水素は、格納容器から外側へしみ出し、第三の殻である建屋内部へ拡散し、上部に充満
建屋にも換気扇は付いているらしいが、停電で動かず

そして、充満した水素は酸素と反応し、水素爆発が発生、建屋の天井を吹き飛ばすこととなった
水素爆発を防ぐ装置(水素を不活性化する装置?? 詳細不明)も備えられているらしいのだが、停電で作動せず


ちなみに、建屋はコンクリート製で、厚みは1~2メートルほどあるらしい
これを吹き飛ばすほどの爆発・・
犠牲者が出なかったのは奇跡のようにも思われる


・初の被曝者
 
建屋の水素爆発と共に放射性物質が大気中に拡散
これが3キロ離れた退避者の衣服から検出され、初の被曝者となる


続きは明日書きます。

なお、繰り返しになりますが、あくまでド素人のまとめです。
話半分くらいで、もし間違いなどあればどしどし指摘してください。


  
  

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2011年3月17日 (木)

原発はどうなるのか

原発は変わらず深刻な事態が継続しています。

現場からの正確な情報が無い、と言うよりも、現場でも正確な状況がつかめないほど混乱しているというのが実態ではないかと思いますが、それが為にいろいろな流言飛語が蔓延しています。

大丈夫という人もあり・・
危険という人もいる・・

政府・東電の発表を大本営発表と決めつける人がいる反面・・
枝野官房長官の不眠不休の姿勢を評価し、信頼をおく意見も多い。

真実がいずれであるにしろ、今の段階ではそれを知るすべはなく、全ては藪の中です。

さらには、放射線の強さをレントゲンのそれと比べるのは不謹慎だというような、何が不謹慎なのかよく分からない言説がそれなりの機関から発表されたりと、妙な話が飛び交っています。

ネット時代なので、このようなことがあっという間に広がる一方、それらを諌める言葉も同じように広がりますので、玉石混交のネット空間でも、プラスとマイナスはうまい具合にバランスしているようにも思えます。

これら情報の流布や交換については、ツィッターがかなりの効果を挙げているとのこと・・
それによって、未確認者の避難情報が確認されることも多いようです。

そう言えば、瞠目すべきことには、震災後ツイッターは一度もダウンしていません。
ツイッターといえば、すぐにover capacityというメッセージと共に、鳥が鯨を持ち上げているイラストが画面に出たままアクセス出来ない・・という状態が頻発していたものですが、震災からこちら、全くそのようなことがなく、レスポンスも極めて早い状態を保ち続けています。

ここにも、影で支えてくれている人がいるのでしょう(感謝)

話がそれましたが、このように状況は依然混沌としており、原発がどうなっているのか、そして、今後どのようになるのかよく分からない・・ ということがいらぬ混乱を生んでいることは間違いがありません。


このようなときに最も頼りになるのは、断片的な状況証拠を積み上げて、それらからこの事態が到来した経緯を論理的に推論できる人です。

もちろん仮説にしかなりませんが、専門家が科学的な推論によって創り上げる仮説は、その確度においてかなり信頼できるものになるはずです。

仮説があれば、そのモデルに基づいて今後の推移を予測できます。
推移の予測には、楽観的モデルと悲観的モデルの両方があり、悲観的モデル(最悪な事態をたどるケース)に従ってその影響と深刻度をある程度の定量性をもって予測出来れば、今の混沌はかなり整理されてくるように思います。

ところが、そのような人がいない。
NHKの解説者などは比較的冷静な分析をしてくれていますが、それでも、今一つ良く分からない。
民放はここのところ全く見ていないのでよく分からない。


長くなったので、続きは明日書きます。

ともかく、今日の放水がうまくいってくれますように!


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2011年3月16日 (水)

寡黙な技術者

原発は、まだ一進一退を続けています。

停電した中で、手探りに近い作業環境で奮闘されている現場職員の方々の頑張りに、ただ頭が下がります。

他の電力会社からも有志の社員が応援に名乗りを挙げているようで、献身や使命感という言葉などでは到底表現できないほどの迸るような熱を感じます。

安全イデオロギーにがんじがらめに縛られた中で、黙々と日々のオペレーションをこなし、安定した電力供給を使命としている技術者の矜持だと思います。


職を賭して・・ いや、命を賭して現場に駆けつける人々がいることを、我々はもっと知るべきです。
彼らは決して声高に叫ぶこともなく、安全圏にいてもっともらしい理屈を振りかざすわけでもありません。

安全圏で適当なことをしゃべっている評論家ではなく、実務者として現場に張り付き、事態の収拾に獅子奮迅しています。

おそらく、家庭にあっては良き父であり、我々と同じようにごく普通の生活を営んでいる方ばかりだろうと思います。
それらの人々の肩に、今後の日本の・・いや、世界中の電力行政を左右するほどの重みがのしかかっています。

職責と言ってしまえばその通りなのですが、しかし、この事態に至って職責と言うにはあまりにも重い、重すぎる重圧を背負ってしまった。

その心情を思うと、涙が出てきそうになります。


前例のない事態、停電した真っ暗な中で、現場は混乱を極めていると思います。
正確な情報を・・ との声は分かりますし、もっともなことだと思いますが、情報を整理する間もないほどの混乱が現場を襲っているであろうことは容易に想像できるはずです。

また、アナウンスをしている東電社員もおそらく技術者だろうと思われます。
技術者は、一般への説明には長けていないのですよ。

どうか、怒声を浴びせるのではなく、もっとうまいコミュニケーションが取れるようメディアの方々に配慮をお願いしたい。

有事です。
どうか、すべての期間が協力しあって、この事態がうまく収まるように。
それを願っています。


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2011年3月15日 (火)

プロに任せよう

昨夜から続く原発の一進一退、祈るような気持ちで見守っています。

東電や政府への批判も多くなってきましたが、批判して事態が収まるわけではありません。

今は、最前線で命を賭してこの困難なオペレーションを続けているプロ集団に全てを託すしかありません。


批判する人へ・・・

気持ちはわかりますし、もちろんそれを表現することも自由です。
しかし、憶測 はやめてください。

私も含めて一般の人は原発の専門技術など何も知らず、例えば炉心溶融と聞けばチェルノブイリのメルトダウンを思い浮かべるような人がほとんどだと思います。

今必要なのは情緒的な物言いではなく、科学的、技術的で客観性のある論理です。
客観性のみが正しい行動の道しるべとなり、いらぬ混乱を防ぐ堡塁ともなります。

批判は自由です。
しかし、今それをしなくても、あとになって十分できるではありませんか。
その時こそ、その批判精神を存分に発揮されることをお願いします。


原発も、救命も、今はプロに任せるしかありません。
それを信じて、せめて彼らの足を引っ張らないよう、祈りながら見守りましょう。

頑張ってください。 頼む!!

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2011年3月13日 (日)

今できること2

地震発生から二日目の夜を迎えます。

時間が経つに連れて続々と届く震災の現状のほとんどが理解を越えるもので、現実を目の当たりにしながらもそれを消化することができず、別の世界にいるような非現実的な感じが拭えずにいます。

ただ、混乱し、錯綜する情報もわずかながらも整理されてきました。

情報源としては、テレビはNHK (民放はダメ)
インターネットは玉石混交。
そして、有効なのはラジオです。

今何をすべきか、何が出来るのか?
もどかしくジリジリするような思いを抱えながらも、いろいろなところで義援のための活動が立ち上がりつつあります。


出来ること・・・
私なりに整理したのは以下のことです。

・節電

・義援金、援助物資への協力

・献血

・日常生活をしっかりと送ること


節電は今すぐにでもできることです。
ただ、他地域において節電が必ずしも有効であるのか? という議論があるのもまた事実です。

ここ九州において、九電が電力融通をしていますが、それに際して節電協力依頼のアナウンスはされていません。
これは、福岡市長のツイッターによる発言においても追確認されているところです。

しかし、節電して悪いことは一つもありません。
これを機に、無駄な電力のリストラを考えてみるのは決して意味のないことではないでしょう。

義援金、援助物資、献血については、どのような活動が立ち上がっているのか?
それを確認することが大事だと思います。

情熱にかられての募金運動などが行われていますが、決してそれを否定するわけではないのですが、往々にして募金活動はそれを行っている人々の人件費にその多くが充てられてしまうという現実もあります。

また、援助物資については被災地が本当に必要としているものでなければ意味がなく、また、それを送るための物流について、そのインフラが確認されていなければ意味が無いのを通り越して逆に邪魔になってしまいます。

献血もしかりです。


これらをできるだけ有効なものにするためには、できるだけ有効に運用してもらえることが担保されている活動、あるいは団体に託すべきで、そのような情報は地元ローカル局のラジオが極めて有効です。

危機感を煽る民法のTVを消して、ラジオを聞きましょう。

ちなみに、ここ福岡県では、各市町村単位でこれらの援助をするためにシステムが立ち上がり始めており、確立し次第私もこれらの活動にいくばくかの気持ちを託したいと思っています。

そして、何よりも大事なことは、私たち一人ひとりがしっかりと日常の生活を送るという事ではないでしょうか。
社会人は仕事をし、学生はしっかりと勉強する。

いつもの日常を、いつも通り、いや、いつも以上にしっかりと送ることが最も重要なことではないかと思っています。

各種イベントも、飲み会なども、過度な自粛はやめていつも通り楽しんだらいかがでしょう。
そして、お金を使いましょう。

それが金を還流し、経済を底支えして救済復興の原資ともなりますし、また、このようなときだからこそ少しでも明るい話題を提供し、少しでも前向きな方向へ眼を向ける原動力にもなってくれるのではないかと思います。

最後に・・・
政府批判や原発批判はとりあえずやめましょう。

前線で戦っている人に対して、後ろから石を投げるようなことはやめましょう。

文字通り命がけで事態を収拾しようとしている福島原発職員の方々、災害現場で奮闘されている警察、消防、そして自衛隊の皆様に心からの敬意を表しましょう。


我々が”今”しなければならないことは、批判ではなく協力です。


明日は月曜日。
まずはしっかりと仕事をして  協力しようではありませんか。


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2011年3月12日 (土)

今できること

ニュースを見ながら、もどかしさを感じています。

災害義援金、物資の援助など、とにかく出来ることをしたいと思っていますが、そのあたりの整理もままならない状態で、ごまめの歯軋りをするばかりです。

このような状態で唯一できること・・

節電。


ここ九州では、九州電力から電力援助をするとのこと・・
関連リンク

このため、各世帯が節電することで、少しでもその助力になればと思います。


他の地域の電力会社の対応は分からないのですが、まずは無駄な電気を使わない・・
食洗機はやめて手洗いにする。
電気ポットをやめてガスでお湯を沸かす など 小さなことでわずかながらも協力はできるように思います。

それが、病院の患者さんを救うことになります。


国家的な危機。
いまこそ、日本中が連帯し、全力を上げる時です。


ガンバロウ 日本!!!!

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2011年3月11日 (金)

なんということ

言葉がありません。

災害支援などで協力をしたいと思っていますが・・・
自然災害を前にして、途方も無い無力さを感じています。


今は、ただ祈るような気持ちです。

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事前学習の要否

先日、木工家志望の方がいらっしゃいました。
年度末から、新しい年度にまたがるこの時期は、このような方の訪問が多くなりますね。

20代後半の若い方です。
家具の配送業務をされている方で、いろいろな家具などを運ぶうちに、これを作る側になりたいとの志を抱き、来年度より木工の専門学校へ入校するとのことでした。

とても落ち着いた話をされる方で、また、木工起業などについては単に情熱や夢を語るだけの若い方にありがちな風ではなく、きちんと計画を立ててそれを実践するという、地に足をつけた考え方をされているのに感心しました。


お話を聞いていると、彼の周囲にも同じく木工を目指している人が複数いる模様で、家具作りというのは隠れた人気職種になりつつあるのではないかという私の仮説は、どうやらかなり正しそうです(エヘン)


それはともかく・・・

彼以外の友人たちは、少しでも木工技術を高めるために木工所などへアルバイトへ行っているとのことで、やはりそのようにしたほうがいいのでしょうか? とのご質問。


皆様、どう思われますか?


ちなみに、私は、木工の学校へ行くのであれば事前の学習は必要ないという立場で、実際、私自身も専門校へ行く前は木工技術に関わることは、全く何も、意図的に、やりませんでした。

我流に陥るのが嫌だったのです。

何かを学ぶとき、そして、その習得期間が一年と極めて短い時、最大限それを吸収するためにはできるだけ自分を真っ白な状態にしておいたほうが良い・・と思いました。

半端な独習や、アルバイトのような腰掛け状態で妙な癖がついてしまうと、それが我流となって定着し、技術を習得する上での障害となりそうな気がします。

また、訓練校で散見されることですが、なまじ経験があるとそれが妙なプライドとなってしまうようで、先生からの指導を素直に聞くことができず、いつまでも自身のやり方の範疇から抜け出せないということがしばしばあります。

俺はこのやり方でやってきたんだ・・と胸をはっていますが、指導を否定するなら、訓練校なんて来なけりゃいいのに・・と思いますけどね。


ともあれ、学校にいくまでは事前の学習や経験など全く必要なく、意図的に木工を遠ざけることで自分をカラカラのスポンジのような状態にしておくほうが良いと思います。
技術に飢えたカラからのスポンジは、よく水を吸収しますよ!

では、木工をしない代わりに何をすれば良いのでしょう? という質問ですが・・
営業計画、資金計画、マーケティング・・・ そして、それらを統合した事業計画を考えると良いのではないでしょうか。

木工経験がないので、今、貴殿の目は製作者の目にはなっていません。
なので、お客さんの目線に近いところでいろいろな物事を考えることができるはずです。

そう、今は事業計画を練るには絶好の時期で、まさに今しかこれをやる時はありません。
いますべきことは鉋を持つことではなく・・ノートと鉛筆を準備することなのではないでしょうか。

まあ、これについては異論反論などいっぱいあることは承知しています ^_^;
なので、これを読んでいる木工志願の方は、是非いろいろな先達を訪ねて、いろいろな意見を聞いてみてくださいね。

その上で、自分にとって最適と思う結論を探っていただければと思います。


ともあれ、Hさん、 夢に向かってがんばってくださいね。
応援しています。


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2011年3月10日 (木)

アラビアのロレンス

午前十時の映画祭で、アラビアのロレンスを見てきました。

もはや、言うまでもない名作・大作ですね。
でも、私  この映画を見たのは初めてなのです。

以前からずっと見たいと思っていたのですが、なにせ、3時間を軽く超える大長編。
さらに、当時の時代背景などをそれなりに事前学習しないといけないということなどもあり、どうにも敷居が高く感じられレンタル屋さんでも逡巡するばかり。

以前はビデオを手にとって迷い・・ 最近ではDVDを手にとって迷い・・
そんなこんなで20年近くたってしまいました ^_^;

それが、今回午前十時の映画祭で、映画館でのリバイバルです。
大スクリーンで見ることができるのは、ひょっとすると生涯最後になるかもしれない・・
と思うと、矢も盾もたまらずチケットを購入したという次第です。


いや、確かに、評判に違わぬ作品であることは間違いありません。

まずは、その映像美。
圧倒的な砂漠の風景、そして、その恐ろしいまでの厳しさと、それゆえに逆作用として迫ってくる荒涼とした大地の気高さ、美しさが余すところなくスクリーンに展開されます。

もちろん、CGなどない50年ほども前の映像。
遥かに広がる砂漠をラクダの部隊が疾走するさまは、今のように鮮明なハイビジョンではないがために、逆に想像力を掻き立てられ、さらにリアリティーをもって迫ってくるようです。


時は第一次世界大戦下の中東。
イギリス将校のロレンスは、中東に居座っているオスマントルコを追い払うため、アラブ諸民族と共闘する作戦を自ら展開することになります。

理想に燃えるロレンスは、単身アラブ民族の本拠地へと乗り込み、イギリス人でありながら彼らの信望を得、アラブ解放のために陣頭にたってトルコ軍との戦いを展開します。

稀代のヒーローとも言えますが、この映画の奥深いところはロレンスを完全無欠な英雄としては描いていないことです。

これは・・意外でした。

ロレンスは、理想主義者でありつつも現実主義でもあり、慈悲深く博愛主義のように感じられる反面、必要とあれば人も殺め、かつ、それに快感を感じるという背反した複雑な性格の持ち主として描かれます。

人殺しを後悔し、任務の解除を上官に訴え出るという敵前逃亡的な言動をしたかと思うと、次の場面では目的のためにならず者を金で雇ったり、不必要な虐殺事件を引き起こしたりもします。

つまり、一人の性格の中に極端な善と悪、強靭と繊細が同居しており、これらがバイオリズムのように上下に振れてしまうのですが、ロレンスが戦闘部隊の指揮者であるがために、その振れが部隊から果ては国家の戦略までも左右するほどの影響力となってメディアを通じて世界中に配信されることとなるのです。

それは、イギリスにとっても、アラブにとっても、それらを支配する上層部にとっては面白いことではなく、また、オスマントルコを駆逐した後の事となっては、戦いの実践者であるロレンスはもはや邪魔な存在になりつつありました。

時は戦争から、戦争終結後の権益確保に対する狡猾な駆け引きに移っていたのです。


解任されたロレンスは、失意のうちにアラビアを去る  という場面で映画は終わります。

Arabia

見終わって・・
これが名作と言われていることが少し分かったような気がします。

と言うのも、正直なところ、この映画はあと数回ほど見なければその真意は理解出来ないように思うからです。

この映画は、小さな伏線がいっぱい張り巡らされているのですが、一回見ただけではその伏線が一体何を意味するのか分からないところも多々あり、これが未消化の原因ともなっています。

完全には分からないけれど、なぜか惹きつけられる。
半年後くらいにDVDを借りて、さらに細かく見てみたいと思わせる映画です。

見るほどに新しい発見と感動が見つかるように思いますし、おそらくは50年前に見た人たちもそのような印象を持ったのではないかなぁ?

未消化を残したまま、また見たいと思う映画。
圧倒的な砂漠を背景とした、壮大なミステリー  それが稀代の名作との評判を確固なものにしたのではないか・・


そのように感じた映画でした。

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2011年3月 8日 (火)

メイプルの学習机

木工房のブログなので、木工の話題も書かなきゃね・・
ということで、新作のご紹介。

白い、メイプルの学習机です。

20110226_002

メイプルを使うたびいつも思うことですが、この木が持つ清潔な感じがたまりませんね。

20110226_014

お嬢様用の学習机。
滑らかなメイプルの木肌がやさしく勉強をサポートしてくれることでしょう。


お客様より頂いた写真です。

150

カラフルなウィンザーチェアーと、壁の嵐のポスターとのコントラストがとても良い感じですね(^^♪


青春真っ只中・・
勉強、部活など よりがんばってくださいね。

ちなみに、この机はここ九州から2000キロも離れた北海道へお届けしました。

日本全国津々浦々 ご注文を承っております。
皆様のお問い合わせ、お待ちしております♪

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2011年3月 7日 (月)

大山鳴動して・・3

続きです・・・

ここまで書いてきて思うことなのですが、この問題の本質は、デジタルネイティブである現役世代の携帯操作技術のレベルが、大学当局やマスコミ陣の理解をはるかに超えていた・・という一点に集約されるように思います。

私も、ラジオからの第一報を聞いたときに思ったのは  そんなこと、できるの? という疑問でした。
試験開始後から数分で、試験中に携帯を操作して送信する・・ そのような芸当は私の理解をはるかに超えていました。

日本文だけならまだしも、数式までブラインドタッチで送信するとは・・・
そんなこと、出来るわけない  というのが、私も含めた大人世代の共通の驚きであったのではないかなぁ?


なので、例えば試験問題を写メでとって協力者に送信、その後協力者がそれをタイプして掲示板へという三角送信だったのではないか? とか、

ひょっとすると、背後にもっと大きな組織のようなものが控えているのではないか? とか、

しかし、計画犯や背後組織によるものであるならば、どうしてわざわざ公共の掲示板に書き込んだりしたのか?
また、なぜ脚の付きやすい携帯で送信したのか?
あまりにも間抜けな話ではないか・・ とか、

なので、単独犯で、写メの画像を自動的に文書変換するアプリを使ったのではないか? とか、


ちょっと考えただけでも様々な疑問がわき、想像がさらに新たな想像をかきたて、というサイクルで話がどんどん大きくなっていったように思います。
まさに、ワイドショーにとってはこれ以上ないほどおいしいネタであったはずで、視聴率合戦が各局を盛り上げていった。

想像だけが独り歩きし、このため大学当局にあってもカンニングの実態がどれくらいの規模や広がりを持っているのか俄には掴むことができずに狼狽、困窮した挙句、偽計業務妨害という苦し紛れの理由で警察へ下駄をあずけたという顛末なのでしょう。


このように、大人たちが大騒ぎしているのを果たして現役世代はどのように見ていたのでしょう?
携帯で送信? そんなこと、簡単じゃん・・てな具合で、シラーっとした目で見ていたのではないかなぁ?


単なるカンニングという小さな雪の塊。
それが、デジタルネイティブを理解出来ていない大人たちの手で転がされ、坂道を下るに連れて大きな雪塊となって暴走してしまった。

その結果  カンニングで逮捕! という、前代未聞の珍事件が出来上がってしまったという顛末。
カンニングは厳正に処分されるべきですが、とんでもなく重い処分となってしまいました(溜息)

さて、ここまで書いてこれをどのようにまとめようかと逡巡しています。

事の対処に当たって、最も重要なことは正確な現状把握と分析であることは言うまでもないことだと思うのですが、この事件においてはその根幹がすっぽりと抜け落ちてしまい、核が空洞のままその周囲に想像の糸をグルグルと巻いてしまった。
出来上がったボールを切ってみると、何のことはない、中身は空っぽだったという実に空疎な結末です。

では、今後、マスコミなどのメディアに本質をを掘り下げて、核をしっかりとつくるような姿勢が期待できるのでしょうか??
どうも・・・ 期待は薄そうですね・・ はぁ~


とするならば、これも常に言われていることですが、情報受取る我々一人ひとりのリテラシー(情報解析能力)を上げていくことが情報過多の現在にあって、ますます重要になってくるという至極まっとうな結論となりそうです。


最後に・・
逮捕拘留中の予備校生・・ 今後どのような処分がくだされるのか分かりませんが、願わくば再起をして来年は正々堂々と正面から入試を突破してほしいなぁ。

ついては、彼の周囲にいる大人たちは、是非寛容な目で見守ってほしいと合わせて望みます。

熊本の事件のように殺人を犯したわけではなく、単なるカンニング、出来心です。
その程度で、彼の今後の一生が左右されてしまうような社会であってはならない。

それを願っています。

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2011年3月 5日 (土)

大山鳴動して・・2

続きです・・

この事件の推移を見ながら思ったのは、さて、現役世代はこの問題をどのように捉えているのだろう? ということです。

携帯を使ったカンニング・・これは特に珍しいことではないのかな??
どうなんでしょう(・・?


ちなみに、かつて私が現役だった頃・・
カンニングについては数々のノウハウや技術(?)が伝えられていました。

手のひらに書くような古典的なものから、腕まくりをして腕にかいたものを盗み見るような手口。
二重底にした筆箱にカンペを忍ばせるやり方。
鉛筆の芯を抜き、そこにカンペを丸めて詰める技法に至っては、もはや芸術的と言えるほどの領域に達していました。

もう時効だから白状しますが、私もかつて中学の定期考査の時にどうしても歴史の年表を覚えることができなくて、カンペを作ったことがあります。
それをそっと筆箱に忍ばせていたのですが、自他共に認める小心者の私・・ いざとなると心臓がドキドキしてとてもそれを取り出すことはできませんでした。

と言うより、カンペを出す必要はなかったのでもありますが・・
そう、一生懸命カンペを作ったことで年表が記憶に染み付いてしまったようで、問題なく解答することができました。

いや、不正の手段であっても、試してみるもんですね~ (オイオイ)


話を戻して・・
そう、つまり古来より受験にカンニングはつきものだったのです。

ならば、IT全盛のこの時代・・・ デジタルならではのカンニング技術もあるはず。
現役の諸君・・いかがでしょうか??

今回はネット上に投稿したことによって大問題となりましたが、これがプライベートメールであったらどうだったのでしょう?

校外に協力者を待機させておき、そこにメールを送る。
そして、返信メールを受け取って何食わぬ顔で解答すればバレることはありませんよね。

また、メールを使わなくても、携帯のメモ機能などを活用していくらでもカンペの代替品を作ることはできそうです。
さらに、ひょっとすると、我々おじさんの思いも及ばない携帯の使い方もあるのかもしれません。


受験にカンニングはつきもの。
だとするならば、携帯全盛の時代にあって、しかも物心ついた頃からそれを使いこなしているデジタルネイティブと呼ばれる世代が現役になっている今日この頃・・・ 大学側にもそれをきちんと認識し、それに対する備えをしておく構えが必要であったのではないでしょうか?


大学側の怠慢とまで言うつもりはありませんが、しかし、これらの現状認識の甘さ、脇の甘さについて指摘されることは免れないように思います。


また長くなりました・・
どうも論旨が散漫となって恐縮ですが、もうちょっと続きそうです・・

では、また明日。

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2011年3月 4日 (金)

大山鳴動して・・・

入試問題がネット掲示板に投稿された事件、犯人(というべきなのか?)が逮捕されました。
これ、刑事事件なの?? いったい何の容疑で? と思っていたら、どうやら偽計業務妨害罪とのことです。

連日、テレビも新聞もトップニュースとして伝え、例によってマスコミの過熱狂乱ぶりが目立つ事件ですが、結局は大山鳴動して鼠一匹という印象です。

つまりは、単純なカンニング・・ということに過ぎない問題で、これが国会やリビア情勢などを押しのけるほどの大問題として扱われることにはどうにも違和感があります。

特に、今日の新聞の報道ぶりは凄まじく、一面、政治面、コラム、社説、社会面までブチヌキのお祭り騒ぎですが、しかしどこまで読んでも単なるカンニング以上でも、以下でもなく、カンニング事件そのものよりも、それをこれだけ加熱して煽るマスコミの異常な行動に奇異な思いが膨らむばかりです。


もちろん、カンニングは明らかな不正であり、これについては厳然とした処分が取られなければならないのは言うまでもありませんが、それが警察当局を動員しての逮捕と、まるで殺人犯を追いかけるようなマスコミの報道によってなされてしまったことは果たして適当な処置であったと言えるのか??

カンペなどによる従来的なカンニングであれば発覚と同時に失格で、どこまでも大学の内規による処分となったはずです。

それが、ネットという公共的な空間に流れてしまったことによって問題が大きくなってしまった・・
おそらくは、大学側にとっては完全に想定外のことで、加熱する報道も相まってどのように対処して良いか分からず、本来は大学独自に対処すべき問題であるべきことを、偽計業務妨害という理由をつけて警察当局に下駄を預けてしまった・・という事のように思います。


どこで歯車が狂ってしまったのか?
最初は小さな雪の塊でも、それが坂道を転げ始めると徐々に大きな雪塊となっていき、暴走し、もはや誰にも止めることが出来なくなる・・ という感じで、一歩引くと壮大な茶番劇に日本中が振り回されてしまったという印象がありますね。


長文になってしまいました・・
これについては、もうちょっと思うところを書いてみたいと思います。

続きはあした 

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2011年3月 3日 (木)

昨年の秋以来、キャビネットシリーズが続いています。

で、昨日もせっせと引き出しを作っていました。
もう、引き出し製造マシンと化したように、引き出しの神が降りてきたような感じです。

神がかり、憑依されているので怖いものはありません。
祓いたまえ~ と、ひたすら、黙々と、静かに進めるのみです。

いつもの工程、いつものセッティング、いつもの姿勢、そしていつもの・・・

その時、違和感が・・・


????

なんか変。


あ゛ 


なんと、側板と向板を取り違えている!


$#%#&%’)’$’)(’%&($


一気に全身の血が沸騰し、顔が火照ってきます。
そして、次の瞬間には頭に上った血が一気に下へ降りてゆき、顔から血の気が引いて体温が下がるのが分かります。


どうしよう??

このようなとき、まず考えるのは修復できないか? ということ・・
次には、転用できないか とも・・

しかし、引き出しのパーツは枠に合わせて厳密に寸法管理をしていますので、少しのミスも致命的になることがほとんどで、昨日も例外ではありませんでした。

取りなおし。
一からのやり直しです。


なお、やり直すときは決してすぐに作業を始めてはいけません←ここ大事。

このようなときには、気が滅入っていたりして情緒不安定となっています。
このため、思わぬミスを誘発して二次災害となったり、悪いときはケガをしたりします。

過去にこのような経験を何度かして、二重三重に痛い目にあっていますので、このあたりの感情コントロールは最近ではさすがにうまくなりました。


コーヒーを飲んで、ツイッターを見たりして小休止。
その後、再開。

結果、1時間ほどの手戻りとなりましたが、引き出し6枚、無事組み上がりました。


失敗した板は・・まあ、加工時の当て板などにでも使うこととしましょう。


さて、今日は今からキャビネットの仕上げ。
今日はミスが無いように・・・ 神がかりなどと慢心せずに進めることにします。

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2011年3月 2日 (水)

カンニングもハイテク化?

入試問題がYahoo知恵袋に投稿された問題。
不思議な話ですね。

試験中に、試験官の目を盗んでこっそりと投稿するなんてことが果たして出来るのか?
携帯メールの苦手な私にとっては、その技術は驚異に映ります。

そして、投稿してから試験時間が終わるまでの短い間に解答が寄せられたということにもびっくりです(@_@)

一体誰が? 
そんな暇で奇特な人なんているの?


さらに、どうしてわざわざYahooのような公共空間へ投稿したのでしょう?
バレて、騒ぎになるのは分かりきっているじゃありませんかね。


まあ、ちょっと考えても不思議だらけのこの事件、興味深く推移を見守りたいと思います。

ところで・・
もしYahooでなくて、プライベートメールのやり取りだったらどうだったでしょう?

助っ人を待機させておいて、そこへメールを送る。
そして、助っ人からの返信を受け取る。

これならば、絶対にバレていませんよね。

と考えると、ひょっとしてこの問題は氷山の一角で、ひょっとするとこの手のカンニング技術は受験界の裏側で密かに浸透しているのかも?
と、勘ぐりたくもなります。


どの時代にもカンニングはつきもの。
私が現役だったころも、カンペの作成技術が密かに伝えられたりしたものです。

デジタル全盛の時代、カンニングもハイテク化したということでしょうか。
今回の事件で大騒ぎをしているのは、デジタルの進化にだんだんついていけなくなっている我々おじさん世代だけなのかもしれませんね。


ともあれ・・
そこの君・・不正はダメよ!

なんて、受験生がこのブログなんて読んでるわけないわね・・・


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2011年3月 1日 (火)

春の予感

3月になりました。

寒の戻りで今週は寒くなるようですが、それでも確実に春はそこまでやってきています。

昨日、ウォーキング途中に近所の梅園に立ち寄ったら、梅が満開、盛りを迎えており、良い香りが漂っていました。
桜のように派手さはないですが、春の先駆けとして控えめな風合いが良いですね。
そして、何と言っても梅のよい香り♪

春はもうそこまで・・・


ということで、この歌をご紹介。

「春の予感」

南沙織が歌った古い曲ですが、このメロディーは全く古びれることなく、いつ聞いても新鮮に響きます。

尾崎亜美の作品・・
メロディーメーカーとして、やはり日本のポップス史に名を残す人でしょう。

映像は、彼女自身の演奏によるものをご紹介。
春の予感に浸りましょう。


横でギターを弾いているのは  よっちゃんかな?
彼も、ギタリストとしてしっかりと足場を固めていますね。


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