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2011年1月14日 (金)

伊達直人

全国でタイガーマスク運動(と呼んでいいのかな?)が広がっていますね。
寒さの中で作業をしている時、新たな伊達直人の出現をラジオで聞くと、ちょっと暖かくなる思いがします。


それにしても、伊達直人 という名前を本当に久しぶりに聞きました。
この名を聞いてすぐタイガーマスクを思い出すのは、どの世代なのでしょうか?

私は40代後半になりますが、タイガーマスクの連載と、TV放映がされていたのは小学生の頃でした。
当時はプロレスがブームで、ジャイアント馬場の全日本プロレス、アントニオ猪木の新日本プロレスなど、民放のゴールデンタイムで放送されていました。

タイガーマスクはそれと同時期の放映で、作中にも馬場や猪木が登場するため、架空のものと知りつつも感情移入が激しく、テレビの前にかじりついていたのを覚えています。

タイガーマスク人形も人気で、数ある人形の中でも比較的高価なものになると、マスクは実際に脱着することができました。
伊達直人にマスクを被せ、マントを着せてタイガーマスクへ変身させるのが醍醐味でした。

それを持っている友達の家で、人形でタイガーマスクごっこをしたことを覚えています。
(今考えると、商業戦略にまんまとやられてましたね^^)

伊達直人はみなし子で、孤児院で育てられます。
親の愛を知らずに育った屈折した心理が伊達直人のキャラクターに深みを与え、華やかなタイガーマスクと、マスクを取った伊達直人の対比がストーリーに奥行を作り出していたように思います。

孤独な伊達直人は、それを隠すためにことさら陽気でキザな風体を装い、孤児の少年少女たちとの交流ではわざと間抜けな態度をとったりするのですが、当時小学生だった自分にも、その複雑な心理はよくわかりました。


さて、タイガーマスクはオープニングテーマがあまりにも有名ですが、エンディングも秀逸です。
当時の悪ガキ同級生たちとの会話でも、タイガーマスクは終わりの歌のほうがぜったいええよね~ なんて会話をしていました。

もしご存じない方がいらっしゃいましたら、是非一度お聴きくださいませ。


ところで、タイガーマスクは原作とTV放映で、最後のストーリーが全く異なります。
詳しくは述べませんが、これも当時小学生達の中で大きな議論の対象となりましたね~


いや、それにしても・・・
40年ほど忘れていた伊達直人が、今またヒーローとして目の前に蘇ったようです。

おそらく、それと同じ感慨を持った人たちが、全国で伊達になっているのではないでしょうか?

時をこえて蘇ったヒーローに拍手を送ります。

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コメント

こういうニュースを聞くと、日本人の人情もまだまだ捨てたモンじゃないな、と思いますね。
タイガーマスク人形は私も持ってました。手荒に扱ったので足が折れたり手が取れたりマスクが破けたりと、アニメ版の最終回のように、それはそれは悲惨な末路となりました。

ところで、4、50代にとって伊達といえば直人ですが、それと同じくらい思い入れがあるのはマンガ男塾の伊達臣人です。孤児であり孤陸島という虎の穴のような機関で拳法の修行をした、めっちゃ強いキザなヤツという・・・伊達直人をモデルにしたようなキャラでして・・・
いや、そんなことはどうでもいい話ですね。
タイガーマスク運動、ずっと続いて欲しいです、ハイ。

みなし児のバラード、今あらためて聴くとすごい歌詞ですね。みなし児とか今なら放送禁止っぽいですけど。

投稿: パートシュクレ | 2011年1月14日 (金) 23:33

タイガーマスク運動は、ますます広がりを見せているようですね。

同時に、継続的な支援をしようと、若い世代の中に行動が始まりつつあるとのことで、人情紙風船なんて言われて久しい日本もまだまだ捨てたもんじゃないと思います。

タイガーマスク人形・・
そう、熱中しましたね、あの頃・・

オプションのリングまで買って、敵レスラーも揃えたりして、タイガーマスクごっこに熱中しました。


ところで・・・
伊達臣人は全く知りませんでした。
ググッてみたら、80年代後半の少年ジャンプ連載だったようですね。
このころは、ジャンプは読んでなかったなぁ・・


みなし子・・
そう言えば、最近はこのような呼び方はしませんね。
差別用語なのかな??

強ければそれでいいんだ♪
力さえあればいいんだ♪

このあたりがグッと来ます。

これが、ひねくれた考えとされていたまっとうな時代だったのでしょうね。


時代が下って今・・
こんな人、いっぱいいるような気も??

投稿: 栗原@simple | 2011年1月16日 (日) 10:24

みなし子が放送禁止かどうか分かりませんが、最近聞かなくなったのを考えると差別用語のように使用を自粛されてきたのは確かなようです。もともと戦災などで親を亡くした孤児(こじ)を皆死子、または身寄りの無いことから身無し子と読んだのでしょうけど、他にも「みなし子ハッチ」とかあったし、昔のアニメの主人公の多くが孤児だったような気がします。親を亡くし、ハンデを背負った子供が世間の差別や冷たい風に負けず、強く逞しく生きていく、そんなストーリーに共感を感じた時代でもありました。

投稿: パートシュクレ | 2011年1月16日 (日) 23:32

確かに・・・

昔の漫画は、逆境にある主人公がたくましく立ち上がり、世間を合っと言わせるという展開が多かったように思います。

また、梶原一騎の原作は、階級格差というテーマが伏線になっていることが多々ありますね。

あしたのジョーでは、矢吹丈と白木お嬢様。
巨人の星では、星飛雄馬と花形満。
愛と誠では、太賀誠と早乙女愛。

いずれも社会の底辺付近にいる主人公と、時の上流階級とのコントラストが描かれており、それが物語を側面から盛り上げていましたね。

その後、高度成長で総中流時代になり、逆境ストーリーやスポ魂ものは絶滅。

しかし、新自由主義の現在、梶原一騎の描いた社会の階層が再び現れてきたような不気味さがありますね。

伊達直人ブームは、このような世相を背景としているのかもしれませんね。

投稿: 栗原@simple | 2011年1月18日 (火) 00:26

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