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2010年10月29日 (金)

メイプルの学習机

久しぶりの木工ネタということで、先日お届けした作品の紹介です。

学習机

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幅1400 奥行き500ミリで、横長のタイプです。

素材はメイプル・・いつもながら、とても清潔感漂う材ですね。

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引き出しの前板にはカーブがかかっています。
これ、ここのところ密かに人気のあるデザインです♪


この机は、使うご本人からお問い合わせをいただきました。
お問い合わせ当時は中学三年生・・・ 

学習机は、今まで例外なくご両親からのご相談でしたので、直接ご本人からご相談をいただいたことでびっくりするやら嬉しいやら♪

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オーナーは、今高校一年生です。
勉強もさらに忙しくなる頃で、この机で激動の高校時代をのり切ってくれることを願っています。

E君 頑張ってね♪

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2010年10月27日 (水)

奈良 おまけ

勢いついでに、おまけです。

奈良は、今年平城京遷都1300年祭で大いに盛り上がっていますが、その公式マスコットキャラクターは、皆さんご存知「せんとくん」です。

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まあ、いわゆるキモキャラと言われるたぐいの物で、着ぐるみを間近で見ましたが、確かに気持ちが悪い。

( ̄Д ̄;;

しかし、さすがは公式キャラクター・・
お上公認が強いのは昔も今も同じようで、町中あちこちせんとくんだらけ。

春日大社のずらりと並んだ灯籠に、すべてせんとくんの灯籠紙が貼られていたのにはさすがにびっくりしました。

露天でも、あらゆるせんとくんグッズが販売されていますが、何万人といる観光客の中で、それを身につけている人には一人も出会うことがありませんでした。

せんとくんのキモ指数、恐るべし。


で、個人的に好きなのはこれ・・
まんとくん。

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せんとくんの対抗馬として突如出現したまんとくん。

ゆる度はせんとくんをはるかに凌駕しながらも、いかんせんお上公認キャラである「せんとくん」の前には為す術も無く、見つけられればラッキーと言えるレアアイテムとなっていました(涙)

こんなのもあります。
なーむくん。

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これ、奈良仏教界のお墨付きということのようですが、デザイナーが仏教界の威光に配慮(遠慮)したのが手に取るようにわかるデザインですね。

ゆるくもなく、キモイわけでもなく、その印象は極めて薄く、仏教界の威光をもってしても市場原理には逆らえず、まんとくん以上の希少アイテムとしてほそぼそのその命脈をつないでいるのでした(南無・・・)

さて、そんな大人の事情が鋭く対立する三つのキャラクター戦争を尻目に、超然と輝くアイテムを発見しました。

パーマ大仏。

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素晴らしい♪


そして、私の一番押しは・・これ。

アフロ大仏。

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きたコレ♪

あまりのインパクトに、思わず買ってしまうところでした(危)


ともあれ、奈良のキャラクター戦争。
いろいろな思惑を巻き込んで、今日も目が離せません。


でも・・・
平城京遷都をした最大の主役である、元明天皇にはどこにも一言も触れられていなかったのが残念ですね。
キャラ戦争で主役が吹っ飛んでしまっているのはいかがなもんでしょうか??


奈良の大仏さんも、さぞや苦々しく思っているのではないかな?・・
いえいえ、毘盧遮那仏はそのような俗事からは超然とし、これからも変わらず無量の光で俗界を照らし続けることでしょう。

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2010年10月26日 (火)

奈良へ行く5

飛鳥では、もう一つ、どうしても行きたいところがありました。

それは、斉明天皇の陵墓です。


今から二ヶ月ほど前、斉明天皇陵がほぼ確定したとの新聞記事が、一面トップで大々的に報道されましたので、ご記憶されている方も多いのではないでしょうか。

もっとも、宮内庁が定めた斉明天皇陵と言われる場所は他にもあるのですが、歴史学的見地からその根拠が薄いとの指摘がされていました。

それに対し、飛鳥の牽牛子塚古墳は玄室の数や八角形をした墳丘など、その特徴が日本書紀に記されている斉明天皇陵の記述と符号し、以前よりここが陵墓なのではないかとの声が多く、このたびの調査でほぼそれが確定されたとのこと・・歴史的大発見のニュースが日本を駆け巡ったのは記憶に新しいところです。


斉明天皇 とても波乱万丈な人生を送った女帝です。
中大兄皇子(天智天皇)と大海人皇子(天武天皇)の実母であり、蘇我氏の後ろ盾で最初は皇極天皇として即位しました。

ところが、実子である中大兄皇子が引き起こした乙巳の変(大化の改新)を目の当たりにし、一度は皇位を退くのですが、数年後に初の重祚をして再び斉明天皇として皇位に戻ります。

当初は蘇我氏の傀儡だったとも言われていますが、改新によって蘇我氏の力がなくなったあと、天皇として権威と権力を握り、それを国家建設に生かそうとしたのでしょうか?


そのころ、朝鮮半島では、唐と新羅の連合軍によって百済が滅びます。
そして、百済復興のための助力嘆願の使者がやってくるのですが、百済が滅びると次に危うくなるのはここ日本であるに違いありません。

国防のため、60歳を超えた女帝自ら、中大兄皇子をはじめ豪族を引き連れてここ筑紫の国へ下向し、朝鮮半島への出兵準備にとりかかります。

しかし、志半ばにして女帝は筑紫の国(福岡)の朝倉宮で崩御。
遺体はしばし朝倉に安置の後、飛鳥の宮へ運ばれたと記されています。


そう、斉明天皇はここ福岡に大変ゆかりのある天皇で、その波乱に満ちた生涯と共にとても身近な魅力を感じる女帝であるのです。


陵墓は小高い山の上で、宿泊したペンションから1キロほどの距離でした。

残念ながら、周囲は厳重に目隠しの板で囲まれ、中を伺うことは全くできませんでしたが、その場所に立つと、その昔、祖国防衛のために敢然と立ち上がり、老齢にして九州まで直々に遠征をしたその覚悟が迫ってくるようで、ちょっと込み上げてくるものがありました。

陵墓の規模は、天皇陵としては極めてささやか、質素なもので意外な気もしましたが、静かな丘陵地帯で眼下には水田が広がる美しい風景は、ゆっくりと休むには良い場所であったのかなぁ・・などと思いました。

一日半の駆け足でしたが、このように久しぶりの奈良はとてもエキサイティングで、感動に満ちた旅となりました。

今度は、せめて三日間ぐらいかけてもうちょっとゆっくり回ってみたいな。
さて、その時はいつ?? 来るのでしょうか??


終わり

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2010年10月25日 (月)

奈良へ行く4

奈良の旅、最終の目的地は飛鳥です。
ここは、昨年亡くなった義母の実家のある地でもあり、妻方の親戚に車であちこち案内をしてもらいました。

まず登ったのは甘樫の丘で、ここから明日香村の全容が見渡せます。

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古代、飛鳥宮が置かれた舞台で、ここから日本の形が立ち上がっていったのかと思うと、古代ファンならずもちょっと興奮しますね。


明日香村を見下ろして最初に感じたことは・・・意外なほど・・・狭い。
これには少々驚きました。

丘から南を見渡すと、ちょうどV字型に向こうから手前へ左右に幅を広げながら山塊が伸びています。
明日香村は、そのV字の真ん中に広がる丘陵地帯で、南からなだらかに標高を下げつつ、徐々に面積を広げつつ北の平野へと連なっていきます。

しかし、その面積は狭く、のちの平城京、平安京とはとても比較になりません。
これには、ほんとうに驚きでした。


明日香村は、景観に対する条例があるらしく、家を建てる時にもその外観に対して様々な制約が課せられるそうです。
そのため、いわゆる新興住宅街にみられるような今風の家は皆無で、昔ながらの懐かしい風景が広がっています。

丘陵地帯は水田として丹精され、所々から枯れ草を燃やす煙が立ち上っていました。


丘を下って、飛鳥板葺宮へ・・
ここは、日本古代史上の大事件である乙巳の変(大化の改新)の舞台となったところです。

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今は礎石しか残っておらず、周囲を田園に囲まれた小さな場所ですが、この礎石の上に立つと周囲の空気が一気に古代へ引き戻されるようです。

もちろん、周囲の風景は当時とはずいぶん変わっていることでしょうが、しかし、地形はそのままのはず。
周囲を囲む山稜も、北側に遠望できる天の香具山も、その山容は当時のまま。

皇極天皇も、中大兄皇子も、中臣鎌足も、そして、蘇我入鹿も、この風景を見、この風景の中で歴史を形作っていったと思うと、自分の中にある日本人として遺伝子が活性化されるような気がします。

すると、最初は意外なほど狭いと感じたこの土地が、日本の原型が立ち上がるときの舞台としてはむしろふさわしい場所であり、やはりここで歴史が旋回したのは必然であったのかなぁ・・などと思ったりしました。

まだ律令制もなく、仏教はよちよち歩きの時・・
天皇の権威と蘇我氏の権勢が結びつき、そしてせめぎ合い、果てしのない権力闘争の混沌にあった時代。
そんな沸騰した時代の舞台が、この狭い丘陵地帯であったのですね~

飛鳥板葺宮のあとは、ご存知蘇我馬子の墳墓と伝えられる石舞台へ。
ここはあいにく開場時間を過ぎており、外から垣根越しに眺めただけ・・・

そして、奇妙な石郡をアレコレと見物しました。

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いったい、誰が、どのような目的でこのようなものを作ったのか?
まだまだ古代史には謎が多く、ロマンを感じますね。


あと一回 つづく


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2010年10月22日 (金)

奈良へ行く3

東大寺の次は西の京へ移動し、薬師寺へ・・
ここは、写経による勧進で金堂や伽藍、そして三重塔などを復興させたことで有名な寺で、写経勧進を始めたのはあの高名な高田好胤 先々々代管主です。

興福寺と同じ、法相宗大本山。
伽藍の中には玄奘三蔵を祭った堂もあります。


私にとっては、中学校の修学旅行で訪れて以来、なんと32年ぶりの訪問となります。
32年前は写経勧進で金堂が復興された直後のこと・・・ ピカピカの金堂内にある薬師三尊像がとても印象的でした。

そして、お坊さんの講話(法話)の面白かったこと♪

今回の訪問は、もちろん薬師三尊像に再会するのが大きな楽しみだったのですが、それと共に、復興された西塔(三重塔)をじっくりと見たい・・ との思いも強くありました。


木工、寺社建築などに詳しい方ならご存知と思いますが、西塔復興の宮大工棟梁は、あの有名な故西岡常一氏です。
法隆寺付き、最後の宮大工と呼ばれた方で、その思想や活躍については様々な書やドキュメンタリーなどでも紹介されていますので、興味のある方はぜひご覧ください。


薬師寺は天武天皇、持統天皇の創建によるもので、もともと東塔と西塔という二つの三重塔がそびえていました。
そして、金堂や大講堂、伽藍なども・・

それが、戦乱などで次々と消失したり、荒廃したり・・という惨憺たる有様でした。
それを写経勧進で次々と復興させ、ついに西塔の再建までこぎつけたというドラマがあるのです。

金堂から見ると、左手に東塔、そして、右手に西塔が並んで建っています。
二つの塔の年代差はおよそ千三百年。
古代と現代の共演、凍れる音楽が聞こえてくるようです。


さて、両党の形を比較してみると、例えば屋根の反り返りなど、古代東塔よりも現代の西塔の方が明らかにシャープで、シュッとした印象です。

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この違い、西岡氏によると、今から千年ほど経つと塔自体の重みで少しずつ屋根が下がってきて、やがて東塔と同じ形になるのだとのこと・・
悠久とも感じられる時間の感覚で、遥か未来を思うとゾクゾクしますね。

古代から現代、そして未来へとつながる連綿とした時の流れ、それを十分に感じさせてくれるロマンあふれるお寺でした。

ちなみに、私も写経勧進をさせてもらうことにしました。
和紙に般若心経を写し薬師寺に郵送すると、最低千年間は金堂上部にある写経蔵にて保管されるとのこと・・
スケールの大きなタイムカプセルみたいですね♪


*写真は薬師寺HPより

つづく・・

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2010年10月21日 (木)

奈良へ行く2

興福寺の次は、東大寺へ。
子供連れなので、派手なところは欠かせません。

南大門、金剛力士の巨大さに圧倒されつつ参道を進むと、大仏殿を囲む伽藍の周囲がなにやら賑やか・・
何だろう? と近づいてみると、大きな立て看板が・・

「光明皇后 一千二百五十年遠忌法要」


おお!!


光明皇后は聖武天皇の皇后で、仏教に信頼がとても厚く、東大寺の建立を天皇に進言したのも皇后だと言われています。
いわば、東大寺、大仏建設の企画立案者ですので、没後1250年を過ぎてもこのような大法要が行われているのでしょうね。

伽藍の中、大仏殿はそれ全体を囲むように巨大な飾り幕が下がり、左右には高さ20メートルほどはあろうかと思われる飾りの塔が立っています。

そして、本殿前の参道には左右に僧がずらりと並び、その先頭、本殿に最も近いところには左右に講壇が据え付けられて高僧と思われる二人が厳かに座っていました。

左右の講壇をつなぐところは一段高い舞台となっており、太鼓(?)などの鳴り物が置かれ、マイクが設えられ、やがて登壇した僧によってお経がはじまりました。

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華厳経? でしょうね。


とても贅沢なことに、世界をあまねく照らし出すありがたいお経を聞きながら、その世界を圧倒的なスケールで表現している毘盧遮那仏(奈良の大仏)と、その大仏殿の中に広がる空間をゆっくりと堪能することが出来ました。

大仏の前には聖武天皇と光明皇后の御肖像画が並んで掲げられており、それがとても微笑ましく、ちょっと幸せな気分になれました。


また、焼香に訪れていた秋篠宮両殿下の姿も拝見することができ、うれしいハプニング満載の東大寺見物となった次第です。

良かったわ~


*画像は産経webより拝借いたしました。


 つづく・・


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2010年10月20日 (水)

負けた

ホークスが負けてしまいましたので、今日一日喪に服してブログもお休みします。

(u_u。)

奈良の続きはまた明日・・

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2010年10月19日 (火)

奈良へ行く

奈良へ行ってきました。

主な用事は法事だったのですが、その前後に合わせて一日半ほどの時間を取ることができましたので、本当に久しぶりの古都見物となった次第です。

遷都千三百年の古都は大変な賑わいで、奈良公園界隈は人でごった返していました。


いろいろと欲を出し、駆け足で回りました。
様々なドラマもありましたが、中でも一番感動的だったのは興福寺です。

幸運なことに五重塔が参観開放されており、めったに見ることのできない塔内部に立ち入ることができました。


木工をやっている身としては、塔のデザインや木組みなどにも大いに興味があるのですが、しかし、それよりもいったい内部にどのような世界が展開しているのか? その興味がはるかに勝り、いつも行う構造チェックなども全く忘れていた次第です。


さて、内部は?

塔ですので、中央には心柱が地から天へと貫いています。
正方形の塔内中央に心柱が立ち、柱の周り東西南北にそれぞれ仏像が鎮座していました。

それぞれ、阿弥陀如来 弥勒如来 薬師如来 釈迦如来・・
そして、各如来の左右を固めるおなじみの両脇侍二体ずつの菩薩が並びます。

過去、未来、そして、浄土という並行世界で衆中の救済をしてくださるありがたい仏様・・
まさに、仏教界のスーパースター揃い踏み・・という感じで圧倒されました。

合理主義的な考え方に馴染んだ身としてもこれほどの感銘を受けるのですから、その当時、仏教が最先端の科学であり、世界のあり様や宇宙の原理までも解き明かしていた時代にあっては、その世界観が現実に目の前で展開するこの空間は、圧倒的な説得力をもって当時の人々を包み込んだに違いありません。


興福寺は藤原氏によって創建され、宗派は法相宗。
法相宗は恐ろしく難解な唯識論を根幹に置くもので、そのルーツはあの有名な三蔵法師、玄奘三蔵です。
(金堂奥に、孫悟空の絵が奉納されていたのはご愛嬌♪)


金堂の前に立ち、その昔に想いを馳せると、仏教がはるばるシルクロードを通って古代中国にもたらされ、そして遣隋使、遣唐使によってここ奈良に行き着いた。
その壮大なドラマを少し実感することができました。

シルクロードの終着点は、日本だったんだね。


さらに、国宝館ではおびただしい数の国宝に酔い(いったいいくつ国宝を持ってるんだ?) また、一年数カ月ぶりに阿修羅との再会も果たしました。
これでもか・・というお宝にメロメロにされてしまい、同時にこれだけのものを作り上げた藤原氏の絶大な権力、財力をひしひしと感じたことでした。


奈良の行脚 次回へ続きます・・

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2010年10月14日 (木)

臨時休業のお知らせ

法事のため、10月15日(金)~17日(日)までお休みします。

この間にいただいたお問い合わせについては、18日以降のご回答とさせていただきますので、ご理解を賜りますようお願いいたします。


ちなみに、法事といっても仏式ではありません。
読経などもないので、はたして間が持つのか?

それが心配で、夜も眠れない今日この頃です。

ああ、どうしよう ι(´Д`υ)アセアセ

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チェリーの小さなローテーブル

引き続き、先日お届けしたアイテムのご紹介。

600ミリ角、小さなローテーブルです。

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床に座って、事務作業をするためのもので、今までお使いだったテーブルのサイズをそのまま引き継いだものです。

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ご要望は、とにかく装飾のないもの・・とのこと。

合点承知之助 シンプルなものは屋号通り得意でござんす。


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四本脚の基本的な形。

変哲のないデザインですが、もちろん衒いもなく、日々の普段使いには最適です。

日々の暮らしが快適になるように、いつもそれを願っています(゚ー゚)


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2010年10月11日 (月)

思い出箱 あるいは 仏壇

先日お届けしたアイテムをご紹介します。

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これは、故人を偲ぶためのもので、「思い出箱」と命名しています。

宗教色をできるだけ取り去り、シンプルなデザインで・・
そして、木の質感が感じられるもの・・自然と手を合わせたくなるような・・そのようなものを目指しました。

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箱の中には思い出の物、そして、小さな引き出しには思い出を記録したビデオが収まります。

30センチほどの小さなサイズで、いつも手元において、故人を偲ぶためのよすがとなってくれればと思っています。


宗教的な形式に囚われず、静かに故人を想いたい・・とお考えになられている方も多いのではないかと思います。

市販でもこのようなものはあり、中には無宗教仏壇などといった、よく考えるとよく分からないような名前がつけられていることもしばしば。

しかし、いずれのものも「宗教的形式に囚われない」ということに囚われているようで、かなりデザイン的に奇妙な(失礼)ものを見かけることがよくあります。
そして、非常に・・・高価!!

このような現状に対するささやかな問題提起として、小さな手作り家具屋ができることを考えてみました。
静かに、心穏やかに日々を送られることを願っています。


ちなみに・・
仏式を若干程度取り入れた「仏壇」も以前お誂えをしたことがあります。

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同様のものをお考えの方がいらっしゃいましたら、ぜひご相談ください。

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2010年10月10日 (日)

西へ東へ

昨日は、写真撮影、納品、打ち合わせが2件と、慌ただしい日でした。

小雨模様でしたが、気温は比較的高く、半袖で西へ東へ・・


今日は朝から晴れ。
爽やかな秋空が広がりそうです。

こんな日はどこかへ行きたいものですが、来週末から法事で数日間留守にするため、今のうちに少しでも工程を進めていなければなりません。

で、今から工房です。


今日は・・・板矧ぎ大会。
疲れそう~

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2010年10月 9日 (土)

世は連休ですが

世は連休ですが、打ち合わせ、納品などで、3日間普通に仕事します。

オン・オフの線引きが曖昧で、ある意味メリハリのない生活となってしまうのが良くも悪くも個人事業というものなのかもしれませんね。


開業当初の頃、不安に潰されるのが怖くてとにかく手を動かしていた・・
その時のトラウマのようなものが未だに抜けきらず、気がつくと工房に入ってます。

でも、朝起きて、その日にやるべき仕事がある というのはとても幸せなことです。
特に、昨今のご時世では。

その幸せに感謝しつつ、今日もシコシコと木に向き合います。

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2010年10月 8日 (金)

山口百恵 part2

山口百恵は不思議な人です。

抜群の歌唱力があるとは言えませんし、、
絶世の美女というわけでもありません。
格別スタイルが良いということもないなぁ (失礼なこと言ってるなぁ)

確かにヒット曲は多いのですが、大ヒット・・という曲はあまり思い浮かびません。
オリコンで一位を取ったこともそんなにないはずです。
(まあ、これは同時期にピンク・レディーというモンスターがいたことが大きな要因かもしれませんが)

しかし、あの圧倒的な存在感は一体なんなのでしょう?

マイクを持った瞬間、ステージに現れた瞬間、その周りの空気を引きつけて雰囲気を一変させる・・
そのカリスマ的な魅力は一体どこから出てくるのでしょう?

当時、山口百恵を観音様に見立てるような論がありました。
その時はアホくさ・・と、一蹴した覚えがありますが、先日のNHKを見ていて、ホントにそんな気が・・ 一瞬、彼女の背後から後光が射してくるような気がしました。


楽曲はすべて30年以上前に聴いたものばかり。
懐かしさもあいまって、テレビの前の空気ごと30年前にタイムスリップしたようでした。


30年を経て、彼女の魅力が、今本当に分かったような気がします。


昭和の終盤。
高度成長から、一億総中流と呼ばれた時代。

新しいものが次々と生み出されるエキサイティングな只中にあって、まだ古き好き日本の情緒が色濃く息づいていた頃。

そんな空気を纏い、そんな時代の象徴として君臨したのが山口百恵だったのかもしれません。

可愛いだけではなく、プロダクションの操り人形でもない。
決して幸福ではなかった少女時代、父親との確執。
憂いを帯びた表情と佇まい、そして、未来への確たる意志を持った毅然とした立ち振る舞い・・

それら、全ての複雑な彩りに皆が魅了されたのかもしれません。

高度成長から、一億総中流へ・・ がむしゃらなエコノミックアニマルなどと揶揄されながらも、ひたすら豊かさと未来を求めて突き進んでいたころ、上昇し続ける空気と彼女の人生がリンクし、時代の象徴としての位置にまで一気に押し上げていった、そんな気がします。

モーレツ社員、オジサマたちの偶像になったのもよくわかるように思います。

最終公演でマイクを置き、それからは決して表舞台に登場することはありませんでした。
引き際の見事さも傑出した存在でした。

もう、このような歌手は現れないかもしれませんね。


余談ながら・・・
山口百恵の引退直後に現れたのが松田聖子です。

世は、バブルへと突入していく前夜。

これも、時代の何事かを象徴していた・・そんな気もします。

songsは、ハードディスクにしっかりと録画しましたゼ。
また折りにふれ、ウィスキー片手に楽しむこととしましょう♪

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2010年10月 7日 (木)

山口百恵 part1

昨日、NHKのSONGSで、山口百恵特集(第二弾)をやってました。
今回は、中期から引退までの軌跡を歌で追うという企画。

山口百恵・・
言うまでもなく、昭和の大スターですが、引退後30年も経つと、最近では知らない人もずいぶん増えてきたことでしょうね。

私の息子も、画面を見ながら「古い映像だね~」なんて言ってました。
歌はなんとなく聞いたことあるけど・・という程度の認識。
まあ、しゃあないね。


私にとっての山口百恵は、小学校高学年から高校までの間。
でも、当時はそれほど入れ込むこともなく、普通の歌手のひとりとして聞いていただけでした。

当時、彼女は年上のオジサマたちに相当な人気があり、それが不思議でもありました。


それが、自分も年をとるに従って、だんだん山口百恵がよく思えてくるのだから妙なものです。
プレイバックpart2 秋桜 いい日旅立ち などなど・・
当時、それほどピンとこなかった楽曲群も、今聞き返すと思わずホロリとしてしまうような情緒が感じられますね。


それにしても、山口百恵とは実に不思議な歌手です。


つづく・・

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2010年10月 6日 (水)

健診へ行く

健康診断へ行きました。

会社員でも、公務員でもないので、健診へは自分で出かけていくのです。

ただ、この一般検診は大混雑するのが常態化しており、それがいつも憂鬱だったのですが、回を重ねるにつれてうまい方法が分かってきました。

それは、予約制のものを狙うこと。


健診は、市の委託を受けた民間業者が毎月どこかでやっているのですが、これはだいたい土日で行われることが多く、また、事前の予約なども不要ですので大混雑するわけです。

これに対し、地元の医師会が主催するものは、完全予約制で平日開催。
しかも、ネット全盛のこの時代に、予約は往復はがきのみ・・という旧態システム。


はがきを出して待つこと二週間。
見事、当選の通知が戻ってきました ( ^ω^ )
(ただし、胃がん検診には落選・・・)


その通知を持っていそいそと・・
受付時間は30分ごとに区切られており、混雑もなく、静々と流れていきます。

これならば、会社の集団検診と同じで、ストレスなく受けることができます。
待ち時間を想定して持っていった文庫を開くこともありませんでした。


自己健診も、9年目になるとそれなりに要領が分かってくるものですね。
平日に行くことができるのが、個人事業主の強みです。


さて、落選した胃がん検診・・
これは、来週にまたピンポイントで行ってきます。


個人事業は、体調管理も仕事の一環。

結果は二週間後。
異常のないことを願ってます。

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2010年10月 5日 (火)

丸いこども椅子

お客様からいただいた写真のご紹介

おなじみの、丸いこども椅子です。

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手押し車になってしまいました (o^-^o)

その後、キチンと座ってくれたようです。

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幼い頃に木に触れて、木が大好きになってくれたら嬉しいですね♪


私も木が好きなのでこの仕事を始め、木が好きなので9年間も続けてこられました。

木に囲まれて、すべての子供たちが健やかに成長してくれたらいいなぁ~

それを願って、今日も木と向き合っています。

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2010年10月 2日 (土)

チェリーの学習机セット

新作のご紹介、学習机です。

机、ワゴン、机上本立のフルセット・・
そして、材種はチェリー・・

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ゴージャスです♪


ワゴンは、天板昇降タイプ。
天板を引き上げると、机と同じ高さになって面積が広がります。

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これは便利ですね。


お客様より、設置後の写真をいただきました。

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美人のご姉妹へ、2セットのお届け。

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仲良く、そして、末永くご愛顧くださいね♪

このたびはありがとうございました。

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2010年10月 1日 (金)

季節の変わり目

朝晩、冷え込むようになりました。
季節の変わり目、この時期に、私は風邪をひくのが恒例になっています。

風邪・・というよりは、軽い喘息 といった按配で、気温の変化で咳が続くという症状です。

特に明け方がひどく、咳き込みによって寝ていることができません。
早起きになり、でも、夜は焼酎とミステリーで夜更かしをしますので、慢性的な寝不足です。

昼は全く問題なし。
普通に生活しています。

なので、どうも医者に行く気にもならず、ということで、毎朝咳き込みで起きるということを繰り返しているのです。


これ、もう数十年来つづいている恒例儀式のようなもので、咳き込みが続くと、ああ、今年も秋になったのだなぁとしみじみ思ったりするのです。


さて、今日も予防のため風邪薬を飲んで寝よう。

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