« 脱ゆとり | トップページ | 脱ゆとり3 »

2010年4月 3日 (土)

脱ゆとり2

先生ごとに個性があり(当たり前のことかもしれないが・・)いろいろとユニークな授業をしていただいた。

毎日一人ずつ、新聞記事をピックアップして、その説明と自分なりの感想についてスピーチさせる。
また、その時々の世界の動きをまとめたプリントを配り、論点を整理した上でディベートのような議論を戦わせる。

これらを通して、教科書にはもちろんのっていないダイナミックな現在の動きに興味が向くこととなった。

最も感心したのは、兄弟ともに低学年のときに受け持っていただいたベテランの女性教諭。
国語の教科書を、とにかく暗記させる。

教科書を冒頭からステップごとにわけ、その都度暗唱試験を行い、合格すれば次のステップへと進んでいく仕組み。
これは、課題としては相当に困難なものであったようで、毎日ウンウン唸りながら暗記していた。

だが、それによって様々な表現に触れることができた。
そして、自身の中に蓄積されたそれらの語句は、やがて自分自身を表現する言葉となって外へ発信されていく。

以前、「生きる力」ということがよく言われていた。
私見ながら、生きる力とは、突き詰めていけば国語の力であると思っている。

人は一人では生きられない。
生きていくためには、必ず周りの人とのかかわりや助言が不可欠である。

人との関わりは、自らを表現し、相手を理解する・・・ この繰り返しのスパイラルによってよりその濃度を増していく。

そして、それらの場面で用いられるのは、もちろん日本語だ。


複雑なことを伝えるためには、様々な表現を正確に使い分け、そして使いこなさなければならない。

また、相手の思いを理解するためには、相手の思いに共感できる情緒が自身の中に育っていなければならないのはもちろんのことだ。


長くなったので、つづく・・

|

« 脱ゆとり | トップページ | 脱ゆとり3 »

言いたいことなど」カテゴリの記事

コメント

 以前に子どもの学習机を作っていただいた者です。
 >私見ながら、生きる力とは、突き詰めていけば国語の力であると思っている。
 同感です。
 わが子の小学校が、国語にほとんど力を入れない学校で、作文など一行も書けない状態のお子さんがあふれている現状があります。
 そこで私が、小学4年の子どもと、論理エンジンを一緒に勉強していますが、そこでも出口先生が同様のことを述べています。
 私たちが、ものごとを考えるとき、どうやって考えているか。
 頭の中で、日本人の多くは日本語を使い、頭の中で日本語で独り言を言いながら、考えているはず。
 その日本語が赤ちゃんレベルであったなら、どうだろうか。
 だから、まずは、日本語をトレーニングする必要があるのだ、という見解を示し、独自の方法で日本語の基礎読解問題をつくっておられます。
 この問題集を3巻まで、3ヶ月かかり共に進め、娘の変化には正直言って驚きました。
 やはり、学力とは国語の力が大きいと、私も思います。
 
 

投稿: シナモン | 2010年4月 3日 (土) 23:17

暗唱するというところが肝ですね。
同じことでも筆者によって表現の仕方や感じ方が違うので、様々な文章を暗唱できるほど繰り返し読むと語彙が増え読解力も養われそうです。
小2に進級した長男が苦手な部分で、さんすうの文章題にも手こずっています。
自分を表現し相手を理解できない大人が造る社会で充分な教育を受けることは難しいのかもしれませんね。

投稿: とおる | 2010年4月 3日 (土) 23:33

国語力・・・
幼少から大人になるまで膨大な時間を費やして自国の言語を学ぶという教育は日本だけらしいですね。それだけ日本語というのは難解で複雑なのでしょう。
よく小学校からの英語教育の必要性が言われてますが、脱ゆとり教育の反動で時間は変わらず教科書だけ厚くなる現状では難しいのではないかと思い、これからどうなるのかちょっと心配してます。
脱ゆとり教育、基本的には賛成なんですが、いろんな弊害がありそうで素直に喜べないのが残念ですね。

投稿: パートシュクレ | 2010年4月 4日 (日) 03:30

シナモンさん・・
ご無沙汰しております、コメントありがとうございます。

賛同いただき、心強い限りです。
教育論・・なんていうと大げさですが、子供に対して、世の中を渡っていくための最低限の力を育てるのが親の使命だと思い、一人鼻息を荒くしています(苦笑)

おっしゃる通り、我々が物事を考えるとき、それらを分析し、まとめ、考察し、結論を導き出す・・・
そのような論理的な思考は、全て日本語の表現によって支えられています。

全ての基本は日本語。
それを進めておられる論理エンジンの出口先生には共感を覚えます。

ゆとり転換で、また嵐が吹き荒れそうな予感もしますが、子供たちの未来を明るいものにするためにも、国語力のアップをともに頑張っていきましょう。


投稿: 栗原@simple | 2010年4月 4日 (日) 23:57

とおるさん・・・

そうなんです、ポンッ(膝を打った音)

暗唱するところが根幹だと私も思います。
これは、昔の武士階級が教養として漢文の素読をしていたことに通ずるような気がします。

無理やり、遮二無二、とにかくまずは暗記させ、日本語の形を叩きこむ。

そして、暗唱することで日本語のリズムと豊かな情感がより深まることでしょう。

お子様が小二なのですね。
鉄は熱いうちに・・・
児童文学などを、寝物語に読んであげるなど・・いかがでしょう?

投稿: 栗原@simple | 2010年4月 5日 (月) 00:05

パートシュクレさん・・

そうなんですよね、日本語は複雑で、私も未だによく操れなくてもどかしい思いがします。

そして、脱ゆとり。
教科書は厚くなっても、週五日制は変らない模様。。

授業の絶対的なコマ数が増えない中で、どうやって増加した分量をこなしていくのか?

迷走する教育行政に振り回される最大の被害者は子供たちです。

親として一体何ができるのか?
危機感を抱きつつ、私も模索をしている最中です。

投稿: 栗原@simple | 2010年4月 5日 (月) 00:10

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 脱ゆとり | トップページ | 脱ゆとり3 »