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2010年4月 8日 (木)

腰パン論争再び2

私の行った高校は風紀に大変厳しいところで、毎週月曜日は必ず服装頭髪検査があった。
まことに恥ずかしながら、私は違反の常習者。

違反が溜まり、罰として丸刈りにされたこともあったなぁ。


まあ私に限らず、10代の頃は、皆何かに抑圧されている重苦しさのようなものを、大なり小なり感じるものだろう。
校則だったり、受験だったり、人間関係だったり・・・

そのはけ口として、校則破りを楽しむ。
体制に反抗しようとか、そのような肝の据わった思想などはない。

ただ、ちょこちょこと校則破りをすることで、抑圧に風穴を開けるような、ささやかなカタルシスを楽しんでいるだけだ。

服装の乱れは心の乱れ!
とは、その当時生徒指導の先生から散々聞かされた常套句。

・・・ ハイハイ 分かりました ・・ と、心の中でベロを出す。

そんな高校時代だったのだ。

時代を遡れば、ヒッピーなど・・
そして、70年代後半(だったかな?)あたりは、パンクファッションなんてものが登場してきた。

これらの発祥について、最初は当時の社会に対する反発のメッセージという思想性を帯びていた。
しかし、それらが世界へ拡散していくにつれ、思想や先鋭的な色彩は影を薄め、単なる新奇的なファッションとして蔓延するに至る。

はしかのようなもの。

そして、新奇的麻疹は、いつの世も大人達によって叩かれる運命となるのだ。


高校時代に散々叩かれた私も、不思議と当時の先生に対する恨みはない。
いや、むしろ、懐かしい気持ちでいっぱいなのだから妙なものだ。

自我? アイデンティティー?
今風に言えば、自分探し・・かな?

つまりは、自分が自分であることの証のようなもの。
それは、おそらく、上からの抑圧を乗り越えるときに生まれてくるものだと思う。

そして、抑圧が強ければ強いほど、育つ自我はよりたくましいものになることだろう。
大人たちの常識、世間の常識、そのような硬直したものから受ける強い抑圧・・
それをつき壊す過程で、強力な自我が育つ。

それこそが、本物の力なのではないかなぁ?


だとすると。
大人の使命とは?

そう、社会の常識というものを、子供たちに押し付けること。
自分の価値観を、遠慮することなく彼らに叩きつけること。

子供たちの強い自我を育てるためにも、物分りの良い大人になってはいけない。

と、半ば暴論と承知しつつ、鼻息を荒くしていたりするのだ。

・・・

・・・

でも、ほどほどに・・
最近は、パワハラなんて言われちゃうからねぇ。

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コメント

会社員でも、年数が経ち身分(笑)が上がってくるにつれ、ある段階で「嫌われ者」にならなければいけない時期がある、(だからいつまでも仲良しグループではいけないのだ)、とどこかで読んで、腑に落ちた記憶があります。

年長者の「常識」「慣習」の押しつけに、必死で抗い、理論武装する中で、「常識」の下の背景を勉強したり、自分なりの価値観を拾得していく、ということのかも知れません。

私自身は子供時代も新入社員時代も、そして今も比較的「お利口さん」的な人生を送ってきたように思っていますが、その意味では勉強が足りないかも知れません(笑)。

「腰パン」については、いろいろ後から言う人は沢山いましたが、「私がを許したのだ」と、きちんと受けて立った聖子団長の態度は、形勢が不利になると途端に振り向いて自分の部下に矛先を変えるような「上司」が多い中、「大人」として評価できると思いました。

投稿: forest | 2010年4月10日 (土) 01:34

forestさん、コメントありがとうございます。

私も会社員時代、ヒラの技術員だった頃、旧態依然とした考え方が受け入れられず、かなりとんがっていました。

組織の人たちも決してお上品ではなく、怒声、罵声が飛び交うような職場で、怒鳴られながら仕事した思い出があります。

今だったら、パワハラで大変なことになりそうです(笑)

でも、今振り返ってみると、あのときに鼻っ柱をへし折られたのが、その後の自分にとって、とても良い原体験になったように思います。

forestさんが言われるように、常識、慣習に抗するために、理論武装をする過程において、常識について正負のいろいろな側面も見えてくることでしょうし、自分の未熟さを知ることもあるでしょうね。


腰パン論争については・・
腰パンそのものよりも、その後の記者会見時のお行儀の悪さに世論が反発したということでしょうね。

国母選手の名誉のために言うと、彼は東海大学で開かれた、オリンピック壮行会の時にはきちんと制服を着用していたそうですので、TPOについてはきちんと分かっていたのですね。

毎度のことながら、マスコミ偏向報道の犠牲者・・と言えます。
でも、彼もこの試練で、より精神的に強くなったのでは? そうあって欲しいですね。


橋本団長は立派でした。
スキー連盟の態度が事なかれ主義的な安直なものだったので、より彼女の決断力が際立ったように思います。


投稿: 栗原@simple | 2010年4月11日 (日) 10:53

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