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2009年9月29日 (火)

憂うべきか?

朝青龍の土俵上でのガッツポーズに賛否両論あるらしい。

私は・・
その昔、武道(剣道)をしていたので、やはり戦いの場での過度な感情表現には否定的な立場だ。

道場は、単に競い合いの場所ではなく、神聖な聖域でもある。
神棚が祀られ、道場への出入り時には必ず一礼しなければならない。
怠ると、烈火のごとく怒られた。

試合は、礼に始まり礼に終る。
全てが厳格に定められた形式の中で、互いを尊敬しつつ真剣勝負を繰り広げる。

試合を待っているときも、正座をして背筋を伸ばす。
竹刀は床に突くのは厳禁、ましてや誤ってまたいだりするとひっぱたかれたりした(怖)

武道は精神を涵養し、礼節を身につけるものである。
凛とした空気の中で己を磨き、己に克つ。

自然と他者に対する思いやりが生まれ、神仏を尊ぶ心、そして謙虚さが備わる。

これらは日本人特有の精神文化なのかもしれないが、私は武道が持つこの精神性は世界に誇るべき美しさと気高さを併せ持っていると思っている。


そんなこんなで・・
わが息子達には合気道を習わせているのだが・・

市営の柔剣道場・・
コンクリート打ちっぱなし・・は、まだ許せるとして・・
なんと、神棚がない!!!!

聞くと、市営なので政教分離の建前上のことなのだとか。

アホか!


でも、ほとんどの父兄はこれに疑問を感じていないらしい。
このようなところから少しずつ日本人の背骨が曲がってしまうのではないか? 
なんて危惧したりする保守的なオヤジであるのだ。

土俵でのガッツポーズに賛否があると言うことは、すでに違和感を感じなくなっている日本人も多いのだろう。

憂うべきか?
それとも、時代遅れか?

・・・・むむむ

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コメント

土俵でのガッツポーズは私も反対ですね
相撲はスポーツじゃないので。

政教分離のタテマエで道場に神棚が無いのはさもありなんという感じですが、靖国参拝の問題同様に陳腐この上ない話ですね。
神道は教典も戒律も無いし、宗教というより習慣や道徳に近いのではないでしょうか。
神棚が政教分離の原則に反するなんて皆タテマエだと解っているのに・・・やはりこれもタテマエを大事にする日本人の気質なのでしょうかね。

私も小学校の時に剣道やってました。
モノにはならなかったけど、礼儀を大事にする武道の精神のカケラくらいは身に付いたのではないかと。
学校のクラブ活動なのでやはり神棚はありませんでしたね。
息子は空手をやってますが、今よりさらに昇段するには己が強いだけではダメだと最近気付きはじめたようで、武道が持つ何かを感じてくれるといいのですが・・・。

投稿: パートシュクレ | 2009年10月 3日 (土) 04:07

言いたいことを全部おっしゃってくださいました♪

聞くところによると、村祭りで鎮守の神社に村長が玉串料を奉納するのも憲法違反だとかなんだとか・・

公的参拝か、私的参拝か?
という、神学的無益な論争というヤツでしょうね。

こんな按配ですから、市営の武道場に神棚がないということも分かりますが、変な話ですね。

神仏を敬うことは、初詣などでも見られるとおり、日本人なら誰でも無自覚のうちに心のうちに備わっている自然な感情で、それが日本人の骨格になっているものではないかと思います。

哲学用語で、エトスと呼ばれるようなものかもしれません。

そもそも、天孫降臨から日本は神々の宿る国であるはず。

昭和の一時期、国家神道なる奇態のような物が生まれた苦い過去がありますが、しかし、それをあまりにも巨大視するあまり、日本の習俗とも言える神仏へのかかわりをいたずらにタブー視する風潮には苦々しいものを感じます。


東京オリンピックのとき・・
柔道の決勝戦でオランダのヘーシンクが優勝しました。

勝負が決まった瞬間、飛び上がって駆け寄ろうとしたオランダコーチ陣をヘーシンクは手で制し・・

「まだ礼が終ってない」

と、下がらせたそうです。


その時、確かに柔道の精神はヘーシンクに伝わっていた。


そんな試合を見たいですね。


投稿: 栗原@simple | 2009年10月 4日 (日) 00:01

ご無沙汰いたしております。
私も、違和感を感じております。

道場だけではありません、一般家庭で神棚の無い家も多いのではと思います。
我が家は、出来る限り毎朝家族そろって手を合わせます。
二礼二拍手・・・最後に一礼。
これすら意味が判っていない人も多いでしょう。

うちの子にも合気道を習わせております。
そこは、カルチャーセンターを借りて行っていらっしゃるので神棚はありません。
でも、額縁をかけて神棚の代わりとして礼をされております。

日本人は、道を大切にしている。
柔道・剣道・空手道・華道・茶道・書道などなど・・・。
全て道と言う言葉がつくことの意味。
全く持って軽んじられていると思っています。

カミサンは、書道の先生です。
教室に入る前に、全員に正座をさせ「お願いします」の声とともに頭を下げさせております。
お母さま方の中には、そこまでしなくともと言う考えの方もいらっしゃいますが、そう言う方のお子様は、大体において無作法です。

礼に始まり礼に終わる。
日本人は、これを忘れてはならないと思っております。

投稿: とっちゃん | 2009年10月 6日 (火) 11:26

コメントありがとうございます。

確かに、神棚がない家庭は多いでしょうね。
我が家には神棚が二つと仏壇が鎮座してます。

神も仏も・・という、典型的な日本型ですね。


わが息子達の合気道も、神棚がないので合気道始祖である植芝翁の写真を飾り、それに礼をするというやり方です。

まあ、これはこれでいいのかな。


武道とは、道のこと。
そうそう、そうなんですよね。
それがスポーツと決定的に異なるところで、それこそが武道の核となるものだと思います。

大相撲は、国技でありながら興行という側面もあり、また、最近の海外力士の台頭なども相まって、徐々にスポーツ化しているのかな?

いや、相撲だけでなく、柔道だって勝負に勝って畳の上で喜びを爆発させている日本人選手を見たりしますから、やはり道と言うよりはスポーツに近くなっているのかも?

そんな中で、先日剣道の世界大会のドキュメントを見ました。

いや、さすが剣道。
礼を大切にし、凛とした姿勢で臨む。
久しぶりに清清しい気分になりました。

背筋を伸ばせ、日本人。

投稿: 栗原@simple | 2009年10月 7日 (水) 00:07

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