« 2009年1月 | トップページ | 2009年3月 »

2009年2月28日 (土)

おくりびと4

告知。
その瞬間まで、果たしてこれをどのように告げるべきなのか?
迷いに迷い続けた。

親戚一同が私の言葉を待っている。

・・・

・・・

検査結果は・・・

病名は正確に告げた。
ただ・・すでに末期に近いこと・・それだけはどうしても言うことができなかった。

父は、最悪の事態を覚悟していたらしい。
が、私の言葉を聞いて、ほっとした表情を見せた。

これで良かったのか?

親戚一同も、とりあえず安心したようだった。

本当にこれでいいのか?


その後、親戚一同が祖母への寄せ書きを書いた。
色紙に記し、納棺する。

父の言葉・・
「お袋の分まで生きてみせる」

親戚一同の中で、自分だけがその真実を秘めている。
その重圧に押しつぶされそうになった。


そして、一年後。
病院のベッドで、父は息を引き取った。
奇跡は・・・起きなかった。

死の直前まで、私は結局父に真実を告げることはできなかった。

が、父は気付いていたらしい。
死の少し前、「お前も辛かったんだろうな・・」と、告げられた。


その後、葬儀の準備などに忙殺され、気がつくと父は看護婦によって清浄され、葬儀屋によって納棺されて自宅に戻っていた。


真実を父に告げられなかったこと。
そして、祖母の時のように、湯灌や納棺の儀を自分の手で行えなかったこと・・

それが、今でもかすかな後悔となって心に残っている。


おくりびと・・
この映画の評判は、ラジオなどでいろいろと聞いた。

見に行きたいと思う反面、見てしまうとあの辛く孤独な日々を思い出してしまいそうで、それが怖かった。

が・・・
やはり見に行こうかな?


親父の死は見事だった。

死生観、私もそんなことを考え始める年齢になったのかもしれない。

| | コメント (2)

2009年2月27日 (金)

おくりびと3

やがて駅へ到着。
いとこが改札まで迎えに来てくれていた。

車で親戚宅へ・・
夜遅い時間で、父はすでに寝てしまったらしい。

翌日・・
祖母の湯灌、そして納棺。

父が祖母へ湯灌をする姿、そして祖母のねむっている顔を見ていると、近い将来におとずれる父の死が、極端に現実味を帯びて脳裏に浮かんでくる。

父から叔父達へと湯灌のひしゃくが渡り、そして私の順番となった。
祖母に逆さ水をかけながら、幼い日のことを思い出したりした。
そして、祖母に向かって、父の病気も合わせて彼岸へ持っていってくれないか・・と、心の中で願った。
奇跡が・・起きないものか・・

湯灌、そして納棺はとても厳粛な儀式だった。
薄化粧を施された祖母は、少し若返ったように見えた。

一つの儀式が終った。
そして、もうひとつ・・・

父の、そして親戚の前で、父の検査結果を説明せねばならない。

振り返ってみると、私の人生の中で後にも先にもこれほどの苦渋に満ちた場面はなかった。


つづく

| | コメント (0)

2009年2月26日 (木)

おくりびと2

父は、数ヶ月前から体調を崩していた。
入院しての精密検査、そんなバタバタしたときに祖母の訃報が届いた。

訃報は、検査結果が判明する前日のこと・・
父は、自分の検査結果を聞くことなく、ただちに外出許可をもらって祖母の枕元に駆けつけた。

その代わりに、私が結果を聞き、後追いで祖母のもとへいる父へ伝えに行く段取りであった。


病院へ・・
検査結果は、不治の病とのこと。
すでにかなりの進行が見られ、この後は緩和ケアを重点におくことになる旨の治療方針。
余命は・・一年は厳しいかもしれない由。

病院を出たときに、周囲の景色から色彩が失われてしまったように思えた。
砂浜を歩くように足が重い。

しかし、行かなければならない。
祖母の葬儀にも、そして、祖母のもとにいる父へ検査結果を伝えるためにも。

夜の新幹線。
車窓から飛び去る町の灯を見ながら、これをどのように伝えるべきか?
それを考えていた。

父の具合が悪いことは親戚中の関心ごとにもなっており、もちろん父のみならず、祖母の枕元に集まっている親戚一同も私の報告を待っているはず。

新幹線はひたすら走り続ける。
このまま、永久に走り続けてくれないか・・そう思っていた。

つづく

| | コメント (2)

2009年2月24日 (火)

おくりびと

映画「おくりびと」がオスカーを受賞し、その影響で納棺師という職業が話題になっているらしい。
昼食をとりながら、そんなニュースを見ていたら、10年前の出来事を思い出した。

10年前・・・
祖母が亡くなった。

突然のことで、あわてて新幹線に飛び乗り、駆けつけた。

祖母が住んでいたのは小さな一軒の借家。
そこに、親戚一同が集まった。

20年ぶりに会ういとこ達や、その家族など、しばしお互いのことを確認しあう挨拶が続く。
そして祖母と対面。

小さな6畳ほどの部屋に布団をかけられて寝ている祖母の顔は、生前のかくしゃくとした表情とは違い、ちょっと苦しそうにも見えた。
入院途中での突然の吐血、そして、そのままあっという間に息を引き取ったと聞かされた。

喪主となる叔父が、親戚一同を集めて湯灌をするという。
湯灌(ゆかん)? 初めて聞く言葉。

同席していた父に、「湯灌ってなに?」と聞くも、父も良く知らないらしい。


湯灌とは、死者を清めて、旅立つ準備をする儀式のこと。

やがて、葬儀社の社員が来て、てきぱきと準備が始まった。
逆さ水といって、水の中にお湯を足して行き、ぬるま湯を作る。
そして、そのぬるま湯を柄杓に取り、遺体の足元から首あたりへ向かって少しずつかけていくのだ。

血縁の濃い人から順に行っていったように記憶している。

祖母にとって一番の近親者は、彼女の長男であった私の父だ。
父が逆さ水を祖母にかけていく・・・
その所作を見ながら、私の心は嵐のように乱れていた。

つづく

| | コメント (0)

2009年2月23日 (月)

並行製作

毎度のこと、いくつかのアイテムを並行で製作している。
こちらの方が効率的なはずなのだが・・

今手がけているものは、いずれも大変なもの。

一つはサイズが非常に大きく・・
一つは製作に際して特殊な冶具が必要で・・
一つは難度の高い組み手を用いなければならない

通常、並行製作は、難しいものと比較的簡単なものを組み合わせる方がよい。
人間のすることだ、難しいものばかりで常に緊張を強いられると精神的にまいってしまう。
(甘~い! と、一喝されそうでもあるが・・)

難度違いのものを組み合わせることで、気持ちの切り替えを行い、全体的により効率を上げようという目論見だ。

だが・・・
今回はタイミングの悪いことに、いずれも難度の高いものが重なってしまった。


さあ、どのように乗り切るか?
それぞれをきちんと仕上げ、しかも、全体としてスピードアップしていなければならない。

しかし・・
これも経験。
計画を立てて、きちんと・・ね
やりますよ!

| | コメント (2)

2009年2月22日 (日)

飛んでイスタンブール

先日、お客様からトルコ旅行の土産話をお聞きした。
トルコ・・ 一度は行きたい国だ。

歴史を辿ると、この土地は様々な文化が通り過ぎていった。
そして、トルコの都市イスタンブールは、その時々によって呼び名が変ることとなる。

その昔、ギリシャ文明が支配していたときにはビザンティオンと呼ばれ・・
その後、ローマ帝国の時代には首都となり、時の皇帝にちなんでコンスタンチノープルと称された。

ローマ帝国分裂後は、東ローマ帝国として長らく繁栄することとなるが、その後オスマントルコに飲み込まれることとなる。
そして、今の呼称である、イスタンブールという名前となった。

このあたり、高校時代に世界史の授業で叩き込まれた。
何年にどこが支配し、何年に名前が変わって・・ええと、東ローマ帝国が滅んだのは1453年だったかいな?
などと、無味乾燥な年代を暗記したものだ。

しかし、幸運だったのは、その世界史の先生がとても熱心だったこと。
この数奇な運命を辿った土地は、古代より東と西の文明が織り成す交差点となり、それが独特の風景を生むこととなったのだ・・と、熱く語っていたのが印象的だった。

タイミング良いことに、庄野真代の「飛んでイスタンブール」が発表されたのは世界史の授業真っ只中のことだった。

いつか忘れていった、こんなジタンの空箱~♪

ジタンって何??
どうやらタバコのことらしい。

そのエキゾチックな名前と共に、この不思議な哀愁のある旋律が深く記憶に染み付いている。

ともあれ、ジタンという名前は私の中でトルコの象徴となり、その名前と共に、イスタンブールはいつか訪ねてみたい憧れの土地となっている。


その後・・
大学時代、喫煙をしていた頃にジタンを吸う機会があった。
味は? ほとんど印象に残ってないが、煙と共に過剰なジタンへの憧れは霧消してしまった。
やはり、憧れは憧れのままにしていた方が良いのかもしれない。

余談ながら・・
木工をするために会社を辞めようと考えていた頃、タイミングの良い(悪い)ことに、イスタンブール~ヨーロッパへの出張話が持ち上がった。

だが、木工への夢は絶ち難く、断腸の思いで出張を固辞し、退社した。
以来、私の中でイスタンブールへの憧れはますます強いものとなっている。

いつか、必ず行ってやるのだ。
そして、数十年の禁煙を破り、ジタンの一本を灰にしてみるのも良いかな?

作曲、筒見京平。
さすが、昭和のヒットメーカー。


| | コメント (2)

2009年2月21日 (土)

2月が・・

一月は行く・・
二月は逃げるというけど、その通り。

二月が逃げていく~

ああ~ 納期が・・
ああ~ どうする?

そんなわけで、今日はこれにて失礼・・

| | コメント (0)

2009年2月19日 (木)

瞬間接着剤

瞬間接着剤は、細部の補修などで木工には欠かせないアイテムだ。
用途に応じて、粘性違いをいくつか常備している。

が、この瞬間接着剤というヤツ・・
使い切るのが大変難しい。

というより、無理。

使っているうちに、知らず知らずのうちにノズルの先端が固まった接着剤で山盛りになってくる。
引っ張っても取れないので、カッターナイフなどでそぎ落とす。

それを繰り返していると、今度は蓋の内側に塊ができはじめる。

こうなると、厄介。
蓋の内側には、ノズル先端を塞ぐためのピンがあり、ここが固まってくると蓋をしっかりと締めることができない。

この悪循環で、やがて蓋を取り付けることができなくなる。

仕方ないので、小さな釘をピンの代わりにして、ノズルに差し込む。
当面はそれでよい。

が、今度はノズルの内部で徐々に接着剤が固まり始め、それがノズルに内部から蓋をしてしまい、ついには全く接着剤が出なくなる。

こうなると、お手上げ。
そして、大概この時点で中身はまだ3分の1ほど残っているのだ。


それが・・歯痒い!!! キィィィィ~!!!


しかし、接着剤メーカーも心得たもので、「最後まできれいに使えますよ」的宣伝文句の商品も多数ある。
片っ端からトライしてみた。

でも、全滅。

ああ、死ぬまでに一度でいいから瞬間接着剤を最後まで使い切ってみたい♪
ささやかな希望なのだ。


木工家の、あるいはアマチュアの皆様・・
もし良いアイデアがあれば、是非ご教授くださいマセ  o(_ _)oペコッ

| | コメント (7)

2009年2月18日 (水)

室町時代って

昨日の続き・・・

今日は社会のお勉強。
今回は、歴史分野。

室町時代から、江戸の化政文化時代あたりまで。

・・・・

・・・ 忘れてる・・・

え~っと、建武の新政って・・後醍醐天皇が、ああして、こうして、どうだっけ?
あれ、後鳥羽上皇は ・・・ 承久の乱だったっけ??

そもそも、室町時代ってどんな時代だったかな?
室町って、激動の鎌倉時代と戦国時代にはさまれて、どうもいまひとつ印象が薄いんだよな。

戦国時代はバッチリ♪
やはり、日本史で一番面白いのは戦国と幕末だな・・ウン。

で、江戸時代に入ると、またとたんに記憶が怪しくなる。

家光の参勤交代。
綱吉の生類憐みの令。

ハテ、田沼意次は・・??

こりゃいかん。
日本人たるもの、日本史は最低限さらっておかねば。

子供に教えるつもりが、自分が教科書と首っ引きになる始末。
かつてのスーパー家庭教師も、すっかり焼きが回ったようでもある。

| | コメント (3)

2009年2月17日 (火)

教科書をめくる

長男が期末考査の直前なので、ちょっと勉強を見てやった。
これでも、昔はスーパー家庭教師と呼ばれていたのだ(ホントか??)

ゆとり教育で、教科書の内容が薄っぺらになったなどとよく言われているが、勉強を見てやりながら教科書をめくったり、参考書や問題集にかかっていると、確かにそれを実感する。

昔に比べて、ずいぶんと簡単になったものだ。
こりゃ、日本の学力が落ちるのも当然だわね。

まあ、言いたいことはいろいろとあるが・・止めておこう。


ただ、その中で一つ気付いたこと・・
英語がずいぶん変った。

以前の英語授業は、This is a pen. に象徴されるように、構文を重視した文法主体の内容だった。
良くも悪くも日本式英語の典型で、このため、実際の会話に臨んだときに、頭の中で文法の正邪を組み立てないと話せない始末。

会社員時代、これでどれほど苦労したことか?
悪しき英語教育の被害者? と言えるかもね?

それが、今は、会話主体の生きた英語へと変りつつある。
これは、良いことなんじゃないかね?

いろいろと批判も多い学習内容だが、英語に関しては今の生徒達の方が恵まれているように思う。


蛇足ながら・・・
今の技術家庭科は、パソコンが大きな比重を占めているらしい。
昔は木工や、金工などが主体だったのに。

このようなことにも、時代を感じる。

たまには子供の教科書をめくるのも頭の刺激になってよいかも。
皆さんも、いかがですか?

| | コメント (4)

2009年2月16日 (月)

静々と

重量級の作品を制作中。

とにかく・・・重い。

重いというだけで、製作は厳しくなる。


とにかく、ぶつけないように、落とさないように。
訓練校のとき、重い天板を足の上に落として指先を複雑骨折した人がいる。
(オソロシヤ)

腰を入れて、ぎっくり腰にも注意が必要だ。

私はまだ幸いぎっくり腰になったことはないが、年に一度はプチぎっくり腰のような症状が出るので要注意。

しかも、材は最も重いホワイトオークだ。

注意して、注意して・・
静々と進めましょう。

| | コメント (0)

2009年2月15日 (日)

ボトルメールのような

ホームページがあるので、メールでのお問い合わせをよくいただく。
お返事もメールが主体となるので、もはや、私にとってメールは仕事になくてはならないものとなっている。

(まあ、これはネット世代に共通することではあろうが・・・)


ところが、このメール、トラブルもある。
最も多いのは、メールの不達。

様々な要因があるが、はっきりしたことは定かでない。

もう一つ、迷子メールと言うものもある。
不達ではないが、どこに行ってしまったのか分からなくなるもの。
これも、原因は良く分からない。


そして、この迷子メール。
時間が経って、ある時ふと届くことがある。

今日のこと。
メールをチェックしていると、以前のお客様からメールが。

懐かしいな~ と思って開いてみると・・
??? どうも、書かれている内容が腑に落ちない。

よく見ると・・
発信の日付は、な、なんと、6年前となっている(驚)

6年もの間、広大なネット空間をさまよって、ようやく到着したのか?
なんだか、ボトルメールのようだね。

そして、そのメールには写真が添付されていた。
とても可愛らしいお孫さんの写真♪

幼稚園くらいかな?

写真は年賀状形式で、そこには「あけましておめでとうごさいます 2003年」のタイトル。

写真を見ながら思う。
このお孫さんも、今は小学校高学年。
来年は、ひょっとすると中学生かも?

思いがけず届いた迷子メール。
びっくりしたが、こんなハプニングも楽しい♪

お返事を出してみようかな?

| | コメント (0)

2009年2月14日 (土)

圧倒されそうなときは

引出しを大量に製作中。

引出しには、少なくとも4枚の板が必要。
なので、板の枚数は、引出しの個数に4を掛けた数になる。
積み上げると・・・ 汗

その量に圧倒されてため息が出そうになる。
気持ちが萎えそうになる。

このような時、どうするか?

・・・

木工家の皆さん、どうしてますか?

・・・

私は・・・

小分けにして、分散して置くようにしている。
(姑息な手段だね~)

でも、人の感覚とは面白いもので、小分けにしておくと量から受ける圧迫感はかなり軽減される。
鉋を掛けるときも、その小分けの山単位で手元に置き、淡々と進める。

鉋刃の出し具合も微妙だ。
うす削りにすると、仕上がりは綺麗だが時間がかかる。
数枚程度ならば問題ないが、これが数十枚になるとその時間差は相当に大きい。

一方、刃を出しすぎると短時間で済むが引きが重くなって体力を使う。
また、耳が立ったり、下手をすると逆目を引いてしまう。

そのいずれにも偏らない状態に調節する。
このあたり、かなり微妙だ。


そんなこんなで、引出し完了。
ちょっとした達成感。

さて、明日からは・・・
重量級が控えている。

今日はゆっくりお風呂に入って・・・ 寝よう。


| | コメント (6)

2009年2月13日 (金)

小市民

吹きました。

春一番。

そりゃすごかったよ。
材木置き場の、雨よけのベニヤが吹き飛ばされたときは血の気が引いた。

春の嵐。
(そんな曲があったっけな?)

風はすごいが、湿り気があって生暖かい。
冬の間ずっと着込んでいたフリースをはじめて脱いだ。

週末から休日までは暖かく、来週は寒の戻りがあるらしい。

三寒四温。
そして、春は近づいてくる。

梅は咲いたか? 桜はまだかいな?

日本酒持って、観梅に出かけたいものだが、あの想像を超えた車検代を取り戻すために、今月は休日返上でがんばらねばならないかも?

いや、木工の動機付けに最も効果があるのは、やはりお金がらみだね。

金なんか関係ね~、納得いくものを作るんでぇ~
などという職人気質にあこがれつつも、目先の資金繰りに右往左往する小市民でございます。

まあ、とにかく、頑張りましょう(こればっかり)

| | コメント (2)

2009年2月12日 (木)

2年に一度の

二年に一度の恐怖の瞬間。

それは・・

車検。

なんせ、15年以上も乗っている車だ。
あちこちガタが来て、毎年買い替えを考えるのが常だが、最近では納品くらいしか乗ることもなく、絶対的な買い替えの必然性も感じないため未だに乗り続けている。

だが、年を経る事に確実に車検費用は上がり続け、前回はついに30万円を突破した。
ラジエターとマフラーの全取替えが効いたのだね。

さて、今回は?
今のところ目立った症状もないので、今回は穏当に行くものと思っていた。

が・・・ 電話。
いや~な予感。

「福岡トヨタですが・・」

ビンゴ!
だいたい、途中で電話がかかってくるときはろくな事がない。

「実は、結構部品の取替えが必要でして・・・」

・・・ やはりね・・・

あれこれと説明され、それらを盛り込んだ総額は?

36万円。

さ、さんじゅうろくまんえん~ !!!
間違いなく、声がワンオクターブは上がったね。

一瞬思う。
もう廃車にして、中古の軽のワンボックスでも買おうか?

が、ここまで乗っていると妙な愛着もあり。
18万キロ以上も走っているけれど、知り合いにはナント30万キロ以上も平気で乗っている人もいたりする。

結局、やはり今回も通すことにした。
もう、この二回の車検で70万円ほど支払った計算だ。
次は、確実に軽の新車が買える金額となるだろう。


さて、あと2年。
買うべきか、買わざるべきか?

また果てしない葛藤が続く。

| | コメント (9)

2009年2月11日 (水)

牡蠣街道

久しぶりにフルで休み。
とは言え、家族サービスで終日ドライバー(ハァ・・)

行き先は?
毎年この時期恒例の牡蠣街道。

佐賀県、有明海沿岸は牡蠣の名産地。
この道沿いに、焼き牡蠣を食べさせる小屋がずらりと並ぶ。
これを、通称、牡蠣街道と呼ぶ。

バラック小屋の中にはかまどがずらりと並び、炭がこんこんと熾きている。
牡蠣がバケツでどっさり来る。
これを片っ端から炭の上に乗せ、ジュージューと湯気が立ち上ったところでドライバーを差し込み、殻をこじって中身を取り出す。

熱々のところにポン酢を少しかけて食べると・・・ああ~(陶酔)

実はこの近所にお住まいのお客様から、今年の牡蠣は出来がいいことを事前にお聞きしていた。
確かに・・今年は身も大きく、有明産特有のミルキーな味を堪能。

その後、嬉野へ立ち寄り名物の温泉湯豆腐を食べる。
ついでに、10円饅頭、わらびもち、蒸し卵など・・・食べてばかり。

往復300キロの小旅行。
運転は大変だったけど、満足満足。

さあ、また明日から頑張ろう。

| | コメント (0)

2009年2月 9日 (月)

勧誘電話

どういうわけだか知らないが、最近やたらと電話勧誘が増えたような気がする。

ホームページなどで電話番号を晒している以上、一方的にかかってくる電話は避けようがない。
まあ、デスクワークをしているときならばまだ良いが、これが機械を使っているときは大変だ。

そのまま無視しても良いのだが、お客さんからの大事な電話かもしれない・・と思うと、そうもいかない。
そして、このような電話は、無視をしてもまた必ずかかってくる。

・・・・

例えば、昇降盤などで材を切断している場合・・
不用意に手を止めるとキックバックなどを起こして大怪我をする危険性もある。

なので、電話が鳴ろうがどうしようが、安全姿勢を崩すことなくきっちりと作業を完了し、スイッチを切って安全を確認して機械から離れなければならない。

しかし、その間も電話は鳴りつづけるので、やはり気持ちが急く。

コール5回で留守番電話に切り替わる。
そうなると、手遅れだ。
大事な打ち合わせを逃すことにもなりかねない。


そんなこんなで、昇降盤のスイッチを切り、集塵機のスイッチも切り、ラジオのボリュームを左手で絞りながら右手で電話を取る。

コール4回!
間に合った!


と・・・・ 保険の勧誘・・・

・・・

・・・

とたんに気持ちが萎える。

丁重にお断りして作業再開。
でも、これでリズムが分断され、ペースを取り戻すのにまた数分程度かかる。

困ったもんだね。

木工の友人の中には、完全に割り切って作業中は全く電話に出ない人もいるが、やはりそれが正解なのかな?


勧誘電話。
毎日の悩ましきイベントである。

| | コメント (0)

2009年2月 8日 (日)

難しいな~

独り言・・・

家具作りは難しい。
本当に難しいな。

お客様は百通り。
そして、木という素材も一期一会。

そのお客様と木を、最も良い形でめぐり合わせるのが我々木工家の使命。

常々それを心がけているのだが、時としてその心がけがマイナス方向に作用することがある。


難しいな~

でも・・
だからこそ・・

この仕事の深みがより分かってくる。
そうだ、その通りだよ。


以上、独り言。

| | コメント (0)

2009年2月 7日 (土)

動機がどうであれ

季節柄なのか? あるいは最近の雇用状況を反映したものなのか?
ここのところ、木工志願者からのご相談が増えている。

昨日も、そして今日も、木工家志望の方、ご来訪。
昨日はご年配の方、そして、今日は若年の方。


ここのところ、木工は一躍人気業種になったような気がするのは私だけだろうか???


どうして木工を目指すのか?

その動機は様々だろうし、でも、動機の中身はさして問題ではない。
動機の優劣などを考えても、あまり生産的とはいえない。

若い時の無鉄砲であろうが、雇用状況を見越して手に職をつけようとしているのであろうが、なんだって良い。

だが、動機がどうであれ、木工の道を志したのであれば、その習熟にはきわめて真面目で熱心であって欲しい。

木工は、いや、木工に限らず何においても継続は力。
そして、真面目に努力したものは必ず報われる。
技は力・・・

このような雇用状況でも、それは絶対に間違いない。

木工を目指す全ての人に・・
意志あるところ道あり!

木工所は、真面目で前向きな人を求めていますよ。

| | コメント (2)

2009年2月 6日 (金)

鉋というヤツは

鉋の調子がいまひとつだったので調整を・・
すると、だんだん深みにはまってしまい、あれもこれも・・
オーバーホールのようになってしまった。

鉋という道具、単純な構造のように見えるが実は相当に複雑で繊細。
その調整はきわめて微妙だ。

いろいろな部位のバランスでその機能は成り立っており、一つを調整するとそれと連鎖するように関連部の調整も必要となってくる。

こうして、徐々に深みにはまっていくのだ。

時間ばっかり食われてしまい商売上はあまり良いこととはいえないが、でも鉋の調整は嫌いではない。
効率化を推し進め、手作り家具といえども機械加工の比重が高い木工房にあって、鉋は機械では決して得ることのできない品質を作り出すための数少ない道具、その筆頭ともいえる。

なので、この究極とも言える手道具を調整するのは理屈抜きに楽しい♪


しかし、何度やっても難しいね。
四苦八苦しながら、結局1時間近くもかかってしまった。
で、日没時間切れ・・ トホホ。

今日で9分方調整完了。
残りは明日、明るい日光の中で最終調整となる。

今の鉋、使い始めて8年目。
ちょっと癖もあるが、かわいいヤツだ。
あと8年くらいは付き合えるかな?

今年は新しい鉋も・・


たかが鉋、されど鉋。
木工を象徴する道具、鉋はいつも木工家を魅了する。

| | コメント (6)

2009年2月 5日 (木)

いちご大福

昨日のエントリーといちごつながりだが・・

いちご大福が好きだ♪

いちご大福。
いったいいつ頃に生まれたものなのだろう?

ネットで調べてみると、どうやら昭和60年ごろらしい(信憑性は定かでない)

最初にいちご大福なるものの存在を知ったとき、まさか、と思った。
が、あっという間に大ヒットとなり、もはやそれを避けては通れぬ事態になってしまったのだ。

あるとき、家にいちご大福があった。
なぜ、誰が、何の目的で持ってきたものか? あるいは買ってきたものか分からない。
それは、忽然と食卓の上に佇んでいた。

恐る恐る食べてみた。

・・・

う うんまぁ~い♪♪
それは、衝撃的な出来事であった。

それ以来、この時期になると必ず食すようになった。


今日は門司港で写真撮影。
その帰り道、坂を下ったところにある和菓子屋「なごし」で購入。

今年初のいちご大福。
いちごはちょっと酸っぱい方が良い。
これが餡とからまって・・ああん 至福のとき。

これを考えた人は天才だね~

| | コメント (0)

2009年2月 4日 (水)

いちご白書をもう一度

今月、地元のラジオ局はフォークソング特集だ。
懐かしい曲がたくさん流れてくる♪

先日、そのラジオ番組の中で”ばんばひろふみ”へのインタビューが流れていた。

ばんばひろふみと言えば、やはり「SACHIKO」が一番有名だろうね。
もう一つ、「手紙」という隠れた名曲もあるが・・・

さて、ばんばひろふみのこと・・
その昔、バンバンというフォークデュオを組んでいた。

ばんばひろふみと、高山厳の二人組。
高山厳の「心凍らせて」という曲がヒットしたのは、もう10年以上前になるかな?


話を戻して・・
バンバンのヒット曲といえば・・「いちご白書をもう一度」
ご存知ですよね。

特に、団塊の世代の方は思い入れの強い曲ではないだろうか?
学生運動の時代、それが過去のことになってしまった。
その寂寥感、モラトリアムを過ぎて社会人になっていく時の漠とした閉塞感のようなもの、そんな空気感を持った曲だ。

などともっともらしいことを言っているが・・
ワタクシはもちろんその世代ではない。

この曲が発表された昭和50年。
私は小学生。

なので、もちろん学生運動などに思想的には何の影響も受けていないが、その当時の空気はおぼろげながらに覚えている。

高度成長と大量消費の快楽が日本中を席巻していった時代だ。
進歩的といわれた思想は、経済成長の前にはやがて消え去る運命だったのかも?

しかし、時を経て、今の状態を改めて考えると複雑な思いに囚われてしまう。
・・・

ばんばひろふみへのインタビューに話を戻そう。
この、「いちご白書をもう一度」は、荒井由実の作詞作曲であることはご存知の通り。

当時まだ無名だった荒井由実の才能をいち早く認めたのがばんばひろふみだった。
そして、ばんばが荒井のもとへ行き、曲を依頼したとのこと。

やはり、名曲の誕生はドラマチックだねぇ。

ところで、曲のタイトルにもなっている映画「いちご白書」は、まだ見た事がないのだ。

今度、レンタル屋で探してみよう。

| | コメント (2)

2009年2月 3日 (火)

雨の日

今日は雨。

本当は木取りと板剥ぎをしようと思っていたのだが、変更。
小物用のパーツ加工を静々と進める。

雨はいやだが、今日はあまり気温は低くない。
雨量は多くはなく、シトシトと降る程度。

工房の扉を閉めていると、屋根からわずかに雨音が響いてくる。
ラジオは、昔の歌謡曲を流している。

う~ん、これはこれでなかなかいいもんだね。

春にはまだ早いが、ちょっと肌寒いくらいの気温で、ゆっくりと降る雨は風情がある。
そして、雨降りは周りが静かだ。
このような中で一人作業できる喜びにちょっと浸ったりする。

孤独が心地よく感じる瞬間。
やはり木工という仕事はいい仕事だ。

夕方から雨も上がる。
湿り気を帯びた空気が少しずつ冷やされていく。

息を吐く。
白い・・・

明日は晴れるようだ。

| | コメント (2)

2009年2月 2日 (月)

冶具を考える

冶具を検討中。
冶具とは、加工補助具のこと。
なので、冶具の出来栄えが作品の品位を直接左右する。

このため、冶具作りは作品作り以上に気を使う作業だ。

さて、頭の中にある程度の構想はあるのだが、う~ん、どうしたもんかなぁ?

このような時は、専門書を参考にする。
冶具については、いろいろな出版社から様々な専門書が刊行されており、バリエーションは豊富だ。

ページをめくりながら、参考となるところをピックアップしていく。
大変だけど、結構楽しい作業でもある。

作品の設計も楽しいけれど、冶具の設計はよりメカニカルになるのが常なので、昔会社で設計をしていた頃を思い出し、設計者としてのDNAが目覚めてくるような気がする。

必要な部品は、全てホームセンターレベルで手に入ること。
これを制約条件として、あれこれと案をめぐらす。

難しくも楽しい冶具作り。
これも、木工の楽しみの一つかもしれない。

| | コメント (2)

2009年2月 1日 (日)

電動シェーバー

以前も書いたが、電動シェーバーの調子が悪い。
パワーが落ちている。

パワーの落ちたシェーバーはややこしい。
髭の濃いところを剃っていると、突然髭に食いついて止まる。

イテテテテテ・・・

困ったもんだ。

だましだまし使ってきたが、どうにもダメ。
なので、ついに買い換えようと決意した。

今日は日曜なので、ぶらりと電気屋さんへ出かけてみよう。


すると、今朝のこと。

ナント、問題なく動く。
すこぶる快調に・・

????

電動シェーバーにも五分の魂か?

う~む。
もうちょっと使ってみよう。

| | コメント (2)

« 2009年1月 | トップページ | 2009年3月 »