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2009年1月 2日 (金)

反貧困2

やってきた派遣社員は3人で、20代後半から30代前半、今風に言えばアラサーの人たちでした。
設計の専門職ですので即戦力です。
同じ世代と言うこともあってすぐに打ち解け、社員と変らない業務をこなしてもらいました。

当初は作業服が別でしたが、そのうちそれも同じになり、傍目には誰が社員で誰が派遣なのか? 全く分からないほど同化していきました。

即戦力であり、また立場上彼らは一歩引いたところで業務を請け負ってくれますので、意思決定はスムーズで業務効率は飛躍的に上がりました。
忘年会や春の花見も一緒に楽しみ、社員と派遣の境界線はなくなっていきました。

こうして、徐々に派遣社員が増えてくることとなったのです。
事務所に正社員と派遣社員が同居している姿が日常となり、誰もそれに違和感を感じなくなりました。


そんなある時、飲み会の席で酔っ払った戯れに彼らにあることを尋ねてみたことがあります。

「若いときはいいけれど、あと10年経ったらどうするつもり?」

開発・設計業務は激務ですので、気力体力共に充実している30代前半くらいまでしか第一線でこなすことはできません。
スポーツ選手のようなものです。
そして、加齢とともにいずれ現場のスピードについていけなくなる時が来ます。

正社員であれば、マネジメント能力を高めて管理職へとステップアップするか、専門職として第一線の技術者達を束ね、導く立場へ行く道が開けていますが、派遣社員は契約解除となるのは必然でした。

「う~ん、どうしますかね?」

とは、彼らの答えで、具体的なビジョンは見えずとも、将来への不安はまだ漠然としていたようでした。


しかし、ほどなくその予想が現実となることとなったのです。
派遣社員が増え、常態化してくると、当然その中で取捨選択や異動などが生じることとなります。
若い人は残り、年配の人は去る、そして、有能な人は残り、そうでない人は契約解除となる、ということが頻繁に行われるようになっていきました。

そうです、その時には労働の市場原理化が、その縮図が出来上がっていました。

人材も、労働も、能力も、全ては費用対効果によって、そして効率によって決まるという、ある意味非常に単純明快な図式が出来上がり、そして、それは企業活動にとっての悲願とも言える生産効率アップへの最短の道筋となっていったのです。

契約解除となった人の中には次の派遣先が見つからず、自宅や事務所待機になっていると言う話も伝え聞くようになり、他人事ながら彼らの将来を案じたものですが、それらが重なってくるとやがてそのような感覚も鈍磨し、やがて意識から外れるようになってしまいました。

人材と労働の市場化、それに私自身も全く違和感を感じなくなっていました。

つづく


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