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2009年1月15日 (木)

反貧困13(最終話)

湯浅氏は、派遣問題を含めた貧困問題について、これを解決するのは政治の責務であると言います。
派遣切りで宿舎を追われ、ネットカフェと路上の往復をしたり、すでに路上に出てしまった人にとっては、この寒風の中で生存そのものが脅かされる事態になっているかもしれません。

これは、明らかに憲法25条の生存権にかかわる問題で、これを知りつつ放置するのは、政治の無作為は憲法違反ともなるでしょう。

政治を動かすためには、貧困にかかわるさまざまな人や団体が連携をし、これを社会に訴えかけていくことが必要だと湯浅氏は言います。
そして、市民が政治の怠慢を厳しく追求する、強い社会を目指そうと説いています。

一つ一つは小さなことかもしれませんが、しかし、その小さな積み重ねがやがて大きな成果を引き寄せることになります。

そして、その一つの活動として昨年4月に「反貧困」を出版したのです。
この本は大きな話題となり、昨年の大佛次郎論壇賞を受賞しました。

その後、米国発金融破綻を緒にした実体経済への波及は、多数の派遣切りを生むこととなり、大変皮肉なことには、このために貧困問題が我々の目の前に形を持って現れ、世間の関心を引くこととなったのです。
そして、ついに政治はこれを無視することが出来なくなり、ようやく重い腰を上げ始めているようです。

この点で、湯浅氏の派遣村の活動は政治活動そのものとも言えます。
まずは貧困問題を社会に認知させ、解決のスタートラインにつかせるのには成功したと言えるでしょう。

しかし、本当の正念場は今からです。

新聞、テレビなどのマスコミでも、そしてネット内でも貧困問題や、派遣村のありように対してさまざまな意見が乱れ飛んでいます。
やはり自己責任論は根強く、それが感情的に増幅された先の誹謗、中傷なども少なくありません。

また、ある程度予想されていたことですが、一部の言論人(?)の中には、派遣村などの貧困問題を扱う団体を新手のイデオロギー集団として思想的な色眼鏡をもって見る人も出てきました。
アカデミズムに近いところにいる人には、どうしても理論的な分類と、レッテル付けが不可欠なのかもしれませんが、不自由なことだなと思ったりします。

私は、もっと簡単に考えています。
私達が子供だったころ、親や、先生から、困った人がいたら助けてあげなさい、と教わりました。
自分の命を大切にし、そして人の命も大切にしろ・・と。

懐古趣味はあまり好きではありませんが、やはり昔の日本は、と言いたい気分です。
そう、昔の日本には互助の精神が息づいていたように思います。
また、もうちょっと高尚な精神である惻隠の心なども。

成功か、失敗か、そのような白黒をはっきりさせる二元論も強くなく、諸問題には白と黒の間にある様々な段階を考え、その中で穏やかに解決していたように思うのです。

それが、和の精神を尊ぶ日本人固有の精神ではなかったのでしょうか。

今、もう一度これらのことを改めて考えてみたいと思っています。
あの遠い日、親父から、お袋から教わった事々を思い出してみたいと思っています。
そして、自分の子供たちに助け合いの精神を大事に伝えて行きたいと思っています。

もちろん、これが即貧困問題を解決することにはならないでしょう。
しかし、大きな成果を引き寄せるのは、小さな一つ一つの事々です。
我々が今すぐできる唯一のことは、この問題を決して忘れず、考え続けることで、それを投票へ生かすことだと思います。

それを確信し、それを希望をつないで、この反貧困シリーズをひとまず終えたいと思います。
図らずも長くなってしまいました(スミマセン)

年頭に際し、何かを考えるきっかけになったのであれば幸いです。


<参考としたもの>
 「反貧困」  湯浅誠  (岩波新書)
 「生きづらさについて」  雨宮処凛  萱野稔人  (光文社新書)
 自立支援サポートセンター もやい  →web
 反貧困ネットワーク  →web


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コメント

 経営的観点から考えても、現在のありようは悪循環におちいっていると思います。目先のコストを軽減するために簡単に解雇をしてしまったのでは、働くほうは先行き不安でたまらないでしょうし、多少の蓄えがあったとしても、必需品以外はとても買う気にはならないのが当たり前です。仮にいま自分が解雇の対象でなかったとしても、昨今の「派遣切り」等の惨状をみれば、いつ自分が同じ目にあうかと……。正社員であってもね。
 それに不思議なのはついこの前まで大企業は空前の利益をあげ、内部留保をたくさんため込んでいたはずです。大企業が「人員削減」とかいっても1割とか2割とかなら、その内部留保のほんの一部を回すだけでも充分カバーできると思うのですが。役員報酬をカットするだけでも相当程度の人を雇えそうです。

投稿: 木工房オーツー:大江進 | 2009年1月16日 (金) 21:16

海外に比べたら日本の格差社会はまだまだマシ、少なくとも餓死することはないんだから。などと乱暴な言い方をする人がいますが、今日のニュースで派遣社員だった40代の男性が自宅で餓死とのこと。彼に何があったか知る由もありませんが、真の貧困は金銭的問題ではなく心の問題ではないかと感じました。
反貧困シリーズ、興味深く読ませていただきました。食うに困らなければ自力でなんとかなる、などという単純な問題じゃないことがよく解りました。
ホント、今年は厳しい年になりそうです。
とりあえず正月の書き初めに「商売繁盛」と書きました。

投稿: パートシュクレ | 2009年1月16日 (金) 23:48

反貧困全13話の完結、お疲れさまでした。
大変、的を得た内容だったと思います。
若者が就業に苦労するような国に未来は無いと思います。お金を持った高齢者の働き口を心配するよりも、若者や壮年に仕事を優先的に与えることが必要です。政治の問題ですね。しいて言えば政治を司る政治家を選挙した国民一人ひとりの責任です。自己責任云々とは次元の違う話だと思います。また企業にも社会的責任はありますが企業だけで解決できる問題でもないと思います。ニート問題も含め皆で良く考えこの国を間違った方向へ進めないようにしていきたいものです。投票は未来の責任を伴なう行動です。じじぃの無駄口で失礼しました。

投稿: isuakira | 2009年1月17日 (土) 00:13

大江さん
派遣社員の次は正社員と、すでにその動きも始まっているようです。
以前から、なんちゃって正社員だの、名ばかり管理職などという言葉もありましたが、職場環境は日に日に厳しさを増しているようです。

また、ご指摘のように、あの数兆円とも数十兆円とも言われる莫大な内部留保は一体どうなったのでしょうか?

その昔、不況で松下電器の売り上げが減ったとき、松下幸之助は社員には工場の草刈をさせてでも絶対に雇用は守ると宣言したとか・・

今、松下幸之助が、そして、本田宗一郎がいたならば、果たしてこの状況をどのように見て、どのような言葉を述べ、そしてどのようなことを為すでしょう?

寂しいことです。

投稿: 栗原@simple | 2009年1月17日 (土) 18:27

パートシュクレさん・・
おっしゃる通りで、貧困とは国連が定めるように単純に収入の絶対額で決まるものではない様に思います。

日本の格差社会はまし・・というのは問題の本質をそらすための方便で、問題は一億総中流と呼ばれた80年代から状況が少しずつ悪化し、格差がどんどん拡大している流れが続いていると言うことだと思います。

私も他人事ではなく、自営業で躓いてしまえば失業給付というセーフティーネットに引っかかることなく、一気に底まで落ちてしまいます。

商売繁盛、職場安全。
私も工房にお札を掲げています。

投稿: 栗原@simple | 2009年1月17日 (土) 18:35

isuakiraさん・・
ちょっと前に、あるテレビのコメンテーターが言っていたことですが・・

これから日本は本格的な高齢化社会を迎えるので、若年層への負担はますます大きくなり、今まで以上の働きが求められるはずであるのに、その若年層の3割近くが雇用につくことが出来ない。

単純に考えて、このような社会は絶対におかしい・・と。

今や、巨大化した資本主義という恐竜が、宗教、道徳、倫理なども飲み込んで、世界中から職業規範のようなものを消し去ってしまったような気もします。

その点で、一体日本の仏教界などは何をしているのか? と、ちょっと言いたい気分です。

初詣で巨大な賽銭箱は準備しても、職を失った人に炊き出しを行ったなどというニュースは聞いたことがありません。

今復活されるべきは互助の精神で、弱いながらもその電流は必ずまだ日本人の中に流れているはずです。

それに期待したいと思っています。


投稿: 栗原@simple | 2009年1月17日 (土) 18:49

こんにちは。
シリーズ連載、興味深く拝見しました。

ウチは私のヨメが実際にパートの派遣をやっていていろいろな人の事情を聞くのですが、「103万の壁」、「130万の壁」というのがあって、それ以上は働きたくない、むしろそれを越えないように調整して働きたい、という人も沢山いるのです。

そういう、経済基盤がある人のパートと、何もなしで必死で頑張っている方々の派遣を十把一絡げで見るから、ハナシがおかしくなってしまっているような気がします。

あと、この問題は常に派遣先の会社がやり玉にあがりますが、元締めである派遣会社には、責任はないのかなとも思います。貴重な賃金を搾取しているのですから、調子の良いときだけ職をあてがって、仕事がないときは知りませんではなく、もっと本腰で自社の社員の働き口を確保するために走り回るべきではないのか?と思います。

本論とは外れますが、新人木工家さんたちの実例では、「やっぱり木工で独立するとなると、木工の腕だけではないんだなぁ」ということを実感しました。数年前に木工熱に浮かれてまかり間違って会社やめてたら、今頃どうなっていたことやら^^;。

投稿: かんりにん | 2009年1月23日 (金) 23:48

すみません。
上のコメント、名前間違えました。m(_ _)m

投稿: forest | 2009年1月23日 (金) 23:49

お返事遅くなりました・・

103万円の壁とは、配偶者控除にかかわることでしょうか?

おっしゃる通り、派遣やパートと言うと、主婦の内職的なイメージがまだまだ強いのかもしれませんね。
先日のNHKスペシャルでもまたドキュメントを流していましたが、今は高度なスキルをもっている人であってもタイミングによっては一気に派遣まで滑り落ちてしまうように危うい状態が現実のようです。

社会保障の弱い日本では、どうしても貯蓄などに廻さざるを得ず、それが消費を冷え込ませると言う悪循環になってますね。
定額給付金は効くのかいな??

もと締めの問題ですが、これもピンキリのようですね。
派遣先の契約解除があっても、もと締めとして一定期間の雇用継続は法的責任があるようなのですが、実際はそれが履行されておらず、社員も泣き寝入りと言うのが実態のようですね。

その行き着く先が、登録型派遣と言ういわゆる日雇いの業界で、ここにはまるとワーキングプアから抜け出すことは難しくなります。

反面、これが図らずも最下層のセーフティーネットとして機能している皮肉な側面も併せ持っているため、この問題は相当に根が深いことだと改めて思います。

木工のこと・・
私の周りにも木工目指して独立した人はたくさんいますが、その後の消息が分かっており、また活躍できている人は数えるほどしかいません。

いや、厳しい世の中になりました。

投稿: 栗原@simple | 2009年1月28日 (水) 21:29

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