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2006年2月20日 (月)

贖罪として

下拵えは続く。

ひと月分の量なので、そりゃ大変。

今日はごみ出しの日で、ごみ袋にいっぱいにつめた鉋屑を、えっちらおっちら回収場所まで運ぶ。
すっきりした。

でも、またすぐ集塵機のダストバックは満杯となり、これをえっちらおっちらごみ袋につめねばならぬ。

まったく、木工の仕事なんて、鉋屑と端材を大量生産しているようなものだ。
無垢の木を切って削って・・・
考えてみると、ずいぶん罪深いことをしているのかもしれない。


木工を環境問題という観点から捉える場合、無垢と合板の対比で語られることが多い。
どちらが環境インパクトが弱いのか?

無垢陣営の言い分・・
無垢の家具のほうが長持ちする。 
この為、長期的視点に立つと、無垢家具の方が環境インパクトは少ない。

合板陣営の言い分・・・
無垢の木からは大量の突き板を生産することができる。
この為、限られた森林資源を有効に使うためには合板のほうが適している。

などなど 云々・・・

考え始めるとどんどん深みにはまっていく。

環境問題と一言で言っても、その切り口は様々で、評価方法は多岐に渡る。
だから、どちらが上であるとか、下であるとか・・軽々に評価することもできないだろうと思う。

ただ、無垢だから環境に対して配慮している・・というような文言は、ちょっと独善(偽善は言いすぎかな?)の匂いがしてきそうだ。

物づくりって、大なり小なり罪深いことをしているものだ。
だから、ごみにしてしまったことに対する贖罪とも言えるのかもしれないが、とにかく全力を尽くして良い物を作ることが、物づくりをする人間の責務なのだろう。

なんだかまとまりない話になったが、ごみを出すたびにそう思ったりするのだ。

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