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2005年11月14日 (月)

余話として2

現代において、伝統技法や手加工にこだわり、それを良いものと定義するほどに、それは現実的な家具からはどんどん離れてしまう。

それは、指物家具の販売価格を見れば一目瞭然。

いや、それが悪いと言っているのではない。
誤解なきよう。

それを愛し、求めるお客様もいるのだろう。
また、伝統技法そのものは日本の文化でもあり、それを後世に継承していくことも大事なことだと思う。


もう一つ、素材の問題。
大きな一枚板、綺麗な木目・・とても魅力的だ。

先日、ある雑誌を見ていたら、2メートル以上もあるテーブルをブックマッチで作っていた。
そりゃ素晴らしいよ。
素晴らしいに決まってる!

でも、これ、一体いくらするのだ?
キクノモオソロシイ!!

これも、別に批判しているわけではない。
求める人がいる以上、究極の家具としての存在価値は高いだろう。


私が言いたいことは・・・

このような指物、一枚板といった事々を階層構造の頂点とし、それを本格的だとか、木工家の美意識などと定義すること。
そして、そのような価値観を正として、新しくこの道を目指す者にそれを強いるような物言いをすること。

それらに違和感を覚える、ということ。


家具作りは自由だ。

無垢だって、プリント合板のフラッシュだって、
手作りだって、大量生産だって、
欅の一枚板だって、ホームセンターのSPFだって、
それらに優劣などはない。

もし、フラッシュがなかったらどうなる?
家の家具全部を無垢で作ったら、その総額でかるくマンションの一軒も買えるだろう。

アマチュアの方が作るSPFの家具が、奥様に感動を与えている事実をどう考えるのか?
(余談ながら・・アマチュアの方の奥様対策はかなり大変らしい)

家具を評価する視点は様々だ。
視点が複数あるということは、その結果は白か黒かの二元論で論じることはできない。
もちろん、優劣などでは決してない。

あるとすれば・・・
好きか、好きでないかの嗜好性だろう。
その一点にかけて、この商売をやっている。

ともかく・・・
家具は自由だ。

それを言いたかった。
ちょっとすっきりした。

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